トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

外食は中華にかぎる

戦略を明確にしたところは、残ることを決めた。決めきれなかったところは、去った。しかし、去った側の全てが、決めきれなくて去ったわけでもない。自社の社員の安全、安心を考えるのは、当然ながら、去る側でも事業分野に見切りつけて、去ったのだ。残るメリットは先々、それほど、魅力あるわけでなく事業分野にしたって、分野が別だ。残る企業が口々に中国市場を、取りに行くと言うほどの業界分野が違う。残ることを決めたところの多くは消費マーケットとしてみているところが多い。

残ったところは、残るべくして残った。中途半端な気持ちで、やってたんでは、生き残れない。当てにできるのは、誰も守ってもらえない、それでも、やらなければという、信念。政府なんて、自国民の生命、財産だって守ってくれるかどうか、わからない。くれないかもしれない。いざとなったら、そうなる可能性はある。事実、それに近しいことを見せつけられもしてきている。いつから、日本がそうなってしまったのかって、そんなことは、考えたって始まらない。ふふふふふ。

ため息つくのは早すぎる。

表向き、どうみられているか、って?俺の嗜好。中華料理大好き人間だからって、親中人間って、決めつけられるの、まぁ都合から言って、悪くはないけどね。ふふふふふ。

地理学

「吾人と世界」(一巻)の文を引用。

もとこれ荒浜の一寒民、漂浪半生を衣食に徒消して、いまだいささかの世上に貢するものなし。しかるに一度想いをこの微賤の身辺に注げば、端なく無量の影響に愕然たらずんばあらず。五尺の痩躯に纏う一襲の絨衣、これはこれ粗なりといえども、けだし南アメリカもしくはオーストラリアの産するところにして、イギリス人の勤労とその国の鉄と石炭によって成るところ。五寸の痩蹠に穿つ一足の短靴、これまた、陋といえども、けだしその底皮は北アメリカ合衆国の産するところにして、その他の皮は英領インドのいだすところ。これを記して頭を擡げれば、耿々たる一穂の寒燈、また無言の裏に語る、「コーカサス山端、裏海の畔に涌出し、一万浬外に運搬せられてここに至る」と。燈火を調節して視力の欠を補う眼鏡の小玻璃片、またドイツ国民の精巧と熟練とを想起せしむ。細民の寒夜、一瞬の生活、多くの思慮を用いずして、なお、かつ心頭に浮かぶところのもの、すでにかくのごとし。

 今もし、これら原料が、牧畜せられ、採掘せられ、蒐集せられ、製造せられ、運搬せられ、売買せられ、ようやくにして吾人の身辺に達するその間の力と時とを想像するとき、すなわち平素において、いささかの感覚だもなくして経過したる単調なる半生が、この広大なる空間と時間との絶大の影響の焼点において遂げられたりしことに想倒するときは、驚倒せざらんとするも得べからざるなり。余が一児生まれて母乳を欠く。すなわち牛酪をもってこれに代う。ときにしばしば邦製の粗品に懲り、医師に請うてようやくスイス牛酪を選定し得たり。これにおいてかもはやユラ山麓の牧童に感謝を払うべきを知る。転じてそれ一襲の綿衣を見る。たちまち黎黒なるインド人が炎天下のもとに流汗を拭きつつ栽培せる綿花を想起せしむ。野人微賤の一子女、呱々一声、すでにすでに命、世界にかかるにあらずや。

 

 吾人が本論の端緒として、ことさらに区々たる私人の細事を敢えてする所以のものは、これ吾人の心意発動の実際の順序にして、現時における最小の単位と見做すべき埋没生活において、なおかつ、しるがゆえに、それ以上の生活はもって容易に類推しうべければなり。

 

 もしそれアラビアの肥馬に跨り里昻(りよん)の軽裘を纏い、カシミールの毛織に暖を採り、ベーリング海辺の毛皮に寒を防ぎ、パナマの帽子に暑を凌ぎ、南洋諸島の香料に疲労を癒し、トランスバールの黄金を積み、アマゾン河畔の宝石を飾るの輩に至りては、これ実に顕著に三帯の気候をもって、その体温を補い、五州の土壌をもってその身軀を肥し、五色の人種をもってその膏血に供するものにあらずして何ぞや。

 かくのごとくにして吾人は生命を世界にかけ、世界をわが家となし、万国を吾人の活動区域となしつつあることを知る。しかしてこは実に二十世紀の開明に際会したる吾人のなさざらんとすともほとんどうべからざるところにして、また、まさになすべきところのものなるを知る。しかるを何等の痴漢ぞ、敢えてみずからその限界を狭限し、いたずらに古来の障壁に拘泥し、蝸牛角上の小闘に忙殺されつつあるや。ただし吾人は単にこの理由をもってかのいわゆる汎愛虚妄の世界主義者に雷同するの弊に陥るべからず。これがためにはなお、緊切なる観察の一方面あるを忘るべからず。

 

吾人は信ず、刻下わが教育法の痌疾(こりかたまったくせ)たる観察力の偏狭、教科の散漫および学問と実用とのはなはだしき疎隔等の弊害の大半は、地理学の正当なる教授によりて医せらるべきを。吾人はさらに多くを言わざるべし。ただ吉田松陰の一言を繰り返して本編を結ばん。

いわく、「地を離れて人なし。人を離れて事なし。人事を論ぜんとせば、まず地理を究めよ」

 

生存競争形式の変遷

社会の進歩に伴うて生ずべき生存競争単位の変化とともに、その形式もまたしだいに変化するを見る。その変遷の四大区別とみるべきものは、いわゆる軍事的、政治的、経済的および人道的の各競争時代これなり。(中略)しかしてこれ(武力による)社会の原始的時代より永き間継続せしところ。しかるに社会の進歩とともに権力はかならずしも武力のみによりて決せられず、智力をもって社会の尊敬を受くることあるを知るや、人はみな智力的手段によりて政権を握らんとせり。

 

人道的競争形式とは如何

従来武力あるいは権力をもってその領土を拡張し、なるべく多くの人類をその意力の下に服従せしめ、あるいは実力をもってその外形は異なるとも、実は武力もしくは政権をもってしたると同様の事をなしたるを、無形の勢力をもって自然に薫化するにあり。すなわち威服の代わりに心服をなさしむるにあり。自己主義にその領土を拡張し、他国を征服せずとも、風を望み、徳に懐き、おのずから来るところの仁義の方法これなり。人道にかなうことこれなり。これをもって現在の国際間に臨まんことは、すこぶる突飛なるがごとしといえども、個人間の生存競争においては、すでにすでに認められしところなれば、国際間においてもまた適用さられざるの理なし。

 

人生地理学の定義

人生地理学は地球の表面に分布する自然現象と、人類の生活現象との関係の系譜的智識なり。

この人類の生活現象は、略して人生現象、さらに略して地ともいうをうべければ、「地理学は地と人生との関係を説明する科学なり」

 

ヘーゲルの「国家の目的は道徳にあり」といい、あるいはボサンケーが「社会および国家の終局の目的は個人の終局目的と同一にして最善なる生活を完成するに在り」というがごとき、これ実に将来において認識せらるべき国家真正の目的にあらざるか。

国家は主権(あるいは大権、あるいは物質的市場聖権という)の確立せる社会にして、人類の共同背勝をなすに要する最高最大の団体なり。国家主権の発動機関たる現在の政府が、いかなる仕事をなしつつあるかを観察するにより、国家はいかなる職能を営むべきものなるかを知るを得、これによりてその目的をもほぼ察するを得。かくのごとき観察によりて観察する国家の職能を左の四項に彙類すること。

1.国内の安定を保護する活動、すなわち国家は内部の分裂に対して国家自身の存立を保護するのみならず、進んでその団結を強固ならしむること。

2.外患に対する保護活動、すなわち他の国家の攻撃あるいは干渉に対して独立を確かにすること。

3.個人の自由を確保するところの活動、すなわちその個人の権利を保護すること。

4.国民の生活に対してその幸福の増進を図るの活動。

 

「人の物を盗むものは盗として罪せらるるも、人の国を奪うものは、かえって強として畏敬せらるる時世」と痛烈な警鐘を鳴らされた上で、「他を益しつつ自己も益する方法を選ぶ」ことを訴えられている。この「他を益しつつ」とは、危機の時代を生きる私たちにとっても大切なメッセージとなるものでしょう〉

 

「野人微賤の一子女、呱々一声、すでにすでに命、世界にかかるにあらずや」と、人の一生はどの地に産まれようとも必ず世界と関わっている事を指摘し、自分の着ている衣服から、綿を作ったインドの人を思い浮かべる事が出来る教育者でもあったのでしょう。彼に地理を教えられた子は瞬時に世界との繋がりを感じた事でしょう。また「人の物を盗むものは盗として罪せらるるも、人の国を奪うものは、かえって強として畏敬せらるる時世にあらずや」は、皮肉ながら時の帝国主義時代を評しつつ真の愛国とはを世に問うているところ。時代背景もあわせて、押さえておくべきところでしょう。