トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

面白い

2026年の選挙は、単なる政党同士の陣取り合戦ではない。日本の政治が、古い対立軸を超えて、新しい段階へ進めるかどうかの試金石となる。立憲と公明党の合流は、確かに選挙目当ての側面を否定できない。混ざり合わない支持層を抱えたままの船出は、多くの困難を伴うだろう。また、冒頭で述べたように、彼らが自称する「中道」が、単なるリベラルの隠れ蓑に過ぎないリスクもある。

だからこそ、政局の騒がしさに惑わされず、冷静な目で判断を下すことを心掛けたい。私たち有権者の責任でもある。政治家たちが「なぜ」動いたのかを知った上で、私たちは「なぜ」その一票を投じるのか。自問自答しながら、日本の未来を選び取りたい。文/小倉健一(集英社オンラインより)

 

長年、与党として政策決定に関わってきた公明党にとって、権力の座から離れることは組織の弱体化を意味する。自民党と決別した以上、単独で野党に留まっていては、実現したい政策を通す力が失われてしまう。

自民党とはこれ以上歩めない。?理由は色々あろう。しかし、孤立は避けたい。生き残るためには、新たなパートナーが必要不可欠だった。立憲民主党との接近は、組織を守るための判断の結果といえる。様々な党にお声をかけてきたとの公明斉藤代表の説明。相手は立憲だけでなく、国民民主にも、自民党の一部の議員にもと。離脱以来、そのような行動がなされてきたらしい。

ふって沸いたと突然の解散。その影響もあってか、元々がそのお声掛けに反応したのが、たまたま立憲の野田佳彦。それなりの背景はある。

 

野田佳彦代表が「一番親和性のある政治勢力」として公明党に秋波を送った背景には、なりふり構っていられない焦りが見え隠れする。

 

理由は、立憲民主党の抱える弱さだ。

 

たとえ一部から「野合(やごう=理念なき結合)」と批判されようとも、政権交代を実現するためには手段を選んでいられない。公明党組織力は、立憲民主党の足腰の弱さを補うための最強の補強材となる。

 

両党の上層部が合意しても、支持者レベルで簡単に融合するとは限らない。

現にSNS上では、両党の連携に否定的な意見も一定数観測されており、支持層の温度差が存在することはうかがえる。

また、宗教団体や各種支援団体と政党の関係は、選挙や地域、候補者ごとに異なる。
特定団体が常に特定政党を一貫して支援するとは限らず、支持や距離の取り方は流動的である。

そのため、合流によって「票が単純に足し算される」と考えるのは、現実を過度に単純化している可能性があるばかりか、むしろ、分離しようとする力が組織を内側から壊すリスクさえある。

 

「政党のラベルや過去のイデオロギーよりも、現実に即した正しい政策を実行することの方が重要だ。

 

ニュージーランドの事例に学ぶなら、日本にも大きなチャンスが訪れる可能性がある。1980年代、ニュージーランド経済は深刻な不況に喘いでいた。その時政権を握ったのは、伝統的に「大きな政府」を志向するはずの左派・労働党だった。ところが、彼らが断行したのは、徹底的な「自由主義的改革」だったのだ。

規制緩和国営企業の民営化、補助金の撤廃、そして減税。

通常なら保守や右派が掲げるような政策を、左派政権が次々と実行していった。既得権益を打破し、市場の競争を促すことで、経済は見事に蘇った。これは「ロジャーノミクス」と呼ばれ、政治学や経済学の教科書にも載るほどの成功例として知られている。この事例が教えてくれるのは、「政党のラベルや過去のイデオロギーよりも、現実に即した正しい政策を実行することの方が重要だ」という真実だ。

 

公明党はしばしば現実主義的な調整役を果たしてきたと評価されている。たとえば2015年の安保法制では、連立内で限定的な集団的自衛権の行使を認めつつも、「専守防衛」や行使要件の厳格化を強く主張し、制度設計に影響を与えたとされている。

 

また、近年の税制改正では、所得税・住民税の定額減税などが導入され、その過程で公明党が減税を主張してきたことも事実である。

こうした公明党の胆力は、今の野党に最も必要な武器といえる。

 

立憲公明党(中道改革連合)がこのニュージーランドの事例に学ぶなら、日本にも大きなチャンスが訪れる可能性がある。立憲民主党が持つ情熱と、公明党が証明した「減税を実現する突破力」。そこに、福祉バラマキではない視点が加われば、自民党では成し得なかったリベラルな改革が可能になるかもしれない。

 

現有議席死守どころか、例えマイナスとなろうとも、どちらの側から不満が巻きおこうろうが、小選挙区での勝つか負けるかのハードルは同じ厳しいもの。

 

新党の試みがなければ、座してこの変化の流れに流されてしまうのみであったろうと。

 

旗頭を、たてて、意見を集約していく小選挙区と民意の反映の比例。

多党化は時代の趨勢とはいえ、衆議院選挙においては政権選択肢を本来は築かなければ与えられるものでもない。

よって、「中道の軸となる」の離脱以来の声明は一方の対立軸、用意すること。殻を破って党を畳んで、よこ横にお声掛け。よく短気決戦の闘いに、それも新党なんて、思い切ったことを。減るかもしれない覚悟を。

翻って政治家斉藤氏としての決意は、そういうことであったのかと。

国民民主はまだ人気もあって、お声掛けには反応はなかったのはしかたないとしても、元自民党側からお一人(佐藤章氏)中道へ。ですか。ふふふふ、面白い。