山上被告に判決
山上被告は確かに(旧統一教会によって)引き起こされた親の育児放棄と経済的困窮の『被害者』だった。だが、このことが彼(の行為)を正当化するわけでもなく、まして、命の尊厳を犯すことの認めになってはいけない。
むしろ、刑が重すぎると捉えるなら、山上被告への同情は主に、「旧統一教会のような議論を呼ぶ宗教に対する、日本社会に広くある不信感と反感」に起因していると見る方が自然だ。
知る限りにおいて被告の個人的な悲劇が、刑を軽くする正当な理由になるかについても、識者らで見解は分かれた。
安倍氏が山上被告やその家族に直接危害を加えたわけではない。検察は、山上被告が教団への恨みを安倍氏に向けたとの主張について、「論理的に飛躍がある」と主張。
安倍氏は会員ではなかったが、日本の他の政治家らと同様、教団関連のイベントなどで教団側と接点があった。祖父の岸信介元首相も、教団とはその反共姿勢から密接な関係だったとされる。
東京地裁は昨年3月、旧統一教会の宗教法人格を剥奪する解散命令を出した。信者の精神的安寧に対する不安につけ込み、高額物品の購入を強要したと認めた。
旧統一教会は、韓国で設立され、1960年代に日本に進出した。政治家とつながりを築き、信者を増やしたと研究者は説明する。
山上被告が安倍氏は「本筋ではない」と述べた
言葉。「今もすごく印象に残っている」と話す安倍氏の妻・昭恵氏の信じられないという表情が報道でも
「私の夫は、教団への恨みを果たすために道具に使われたの? そんなことで夫の命を奪ったの?――」と、衝撃を受けた感じだった。
安倍昭恵氏は、法廷で読み上げられた感情のこもった上申書で、「夫を失った悲しみを昇華できません」と心境を明らかにした。
山上被告は法廷で、2021年の教団関連のイベントに安倍氏が寄せたビデオメッセージを見て、同氏を恨むようになったと話した。ただ、当初は安倍氏ではなく教団幹部を攻撃することを考えていたと述べた。
山上被告の弁護団は、被告を「宗教的虐待」の被害者だとし、母親が父親の死亡保険金などの資産から合わせて約1億円を教団に寄付したことに被告は憤慨していたと裁判で弁論。量刑は重くても懲役20年までにとどめるべきだと主張した。
日本の公人として最も知名度が高かった安倍氏の暗殺は、世界に衝撃を与えた事件。
この事件はまた、教団と与党・自民党の政治家とのつながりもあらわにし、閣僚らが辞任に追い込まれるなどした。
真昼の演説中に起きた衝撃的な殺害事件をきっかけに、旧統一教会と、信者に経済的破綻を招くほどの献金を求めるといった教団の疑わしい慣行に対して、当局の調べが進んだその結果だ。
検察は安倍氏を射殺するという「重大事件」に対し、無期懲役を求刑した。安倍氏は影響力の大きい公人であり、銃による犯罪が非常にまれな日本で起きた同氏の暗殺は国中を震撼させたとした。
被告が有罪判決を受けることに疑いの余地はなかった。被告自身が昨年の公判で罪を認めていたからだ。
判決は、母親による宗教団体への多額の献金で生活が困窮するなどの被告の不遇な生い立ちに言及したが、犯行に大きな影響を及ぼしたとは認められないと断定。一方で、多くの人がいる場での銃撃による犯行は、悪質性や危険性が大きいとした。
あんまり。世界と、引き合いに出すのもちょっと躊躇はあるものの、これって現象的には、様々に、似たような風景にも映るのですが、例えば、政治と宗教という括りではロシアのプーチン大統領とロシア正教キリル。また。アメリカ、トランプ大統領のなんだかキリスト教福音派なんだとか。安倍さんとの違いはプーチンも、トランプも、それを信仰しているという点。安倍さんの場合はそこに大きな違いがありそうで、信者という立ち位置ではない。
但し、合点がいかないということでは、
この教団はまた、数千組のカップルが参加する合同結婚式でも物議を醸してきた教団だからだ。安倍晋三氏のお生まれ世代からいって、報道にも触れていたはずで、知らなかったはあり得ないからだ。不思議なのは日本から巻き上げたお金、それも、過去の歴史の清算、贖罪のお金、それが唯一の救いなんだとの教え?コレは売国的過ぎやしないかいと。
スキャンダル報道としてスルーするか、しないかはあったとしてもだ。
祖父岸信介との教団との支援関係は時代背景からしても反共シフト、少しくは有効だったかもという要素は判じられるも、ソ連崩壊以降はまた別の次元での、政治力学が。
よって、現象的にハッキリしているのは、プーチンがウクライナ侵攻をする正統性を精神的擁護する側についたロシア正教。戦争に結果的には加担している。トランプ大統領。ドンロー主義を最近になって、表明したという向きもあるも、第一期のときから国際協調主義なるものに懐疑的、国際ルールより自国優先、何事もバイのディール。その成功に神の御加護を。福音派からの諌めらしきものが有れば別だけれど、そのような流れもなし。返って、支持するくらいだから、より、分断のエネルギーの核となっている。精神的支柱として、その有り様を是とするか、否とするかが問われている。分断と対立の、グローバル化といった様相。日本がその例外であるか、どうかが肝心なはずなのですがすでに、似たような様相も。
それぞれの大国と言われている国のリーダーが信望している思想、信条にも。
思いあぐねない訳にはいかない。