トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

霊験あらたか?どこが

中国を巡るギクシャクは今回だけでもない。

周期的に、起こることと思っていたほうが良いのではと思えるくらいのこと。古くは

天皇陛下習近平中国国家副主席の会見。

(当時の民主党小沢一郎幹事長が、天皇陛下の「お気持ち」を勝手に述べていた。)例の一ヶ月ルールを逸脱して外国の賓客の接遇をねじ込んだと騒がれていた問題。

 

自分が訪中のときに歓待を受けたいばかりに、それとの交換で天皇会見が取引されたのではないのか、もし巷間伝えられているのが事実であるとするなら
、これはきわめてゆゆしき問題だと思えるのだがと。これが天皇の政治利用でなくして、他になのがあるだろうと。
天皇陛下の行動は内閣の助言と承認によって、行われる」だから、陛下にも動いてもらえばいいじゃないのと不遜に聞こえてもいた。この文脈でいえば天皇への敬意を示さず、単に天皇を道具として扱うような危険がある。天皇陛下に勝手に成り代わって自分の意見を述べているのだから。皇室と政治の関係なんて、こういうこともなければ考えることもないし、何度か処分を促され、古本屋行きにまとめるも、結局のところ手元において置くことになった愛着捨てがたいこれらの数冊の中に、天皇本も。ときに再読したりするのが『天皇ヒロヒト』レナード・モズレー高田市太郎訳と、『憲法天皇制』横田耕一著

マスコミの前での例の小沢一郎の恫喝発言。「君たちは憲法を読んでいるのか。」と、逆切れではと思えるような。それに決めつけるように「天皇陛下にお伺いすれば、

(特例会見を)喜んでやってくださるものと私は思っております」とまた繰り返す政治家、なんなのだろう、この政治家の思い上がりは!とそれらの態様をみて、その時、抱いていた自身の思い。ちょうど、その頃に再読していた書がそれで。貪るように。

 

そして、習近平のことでは今再びの日中関係のギクシャク。

但し、今回は友好カード政治的アピールどころではなく、高市首相、中国なにするものぞ的なニュアンスで取り扱われてしまうことでのギクシャク。

野党からの質問に答える形だったにしろ向こうに口実を与えてしまった。

間違ってもいないから、撤回の必要もないとはいえ、既に内外に混乱を招いてしまっている。今更、撤回なんて、して欲しくもない。それは確かに言えること。但し、考えなければならないことは、さらに、余計なエネルギーを割かなければならなくなること増えてしまっていること。

視界不良になることばかりで、「舵取りは大丈夫なのか」と部外者ながら。政治にも注視。

出張、駐在員、ビジネスの現場から代弁する身にしたら、いい加減にしてもらわなけりゃと言う声も。我が身の安全のほう。国はどこまで心配してくれるのか。その前に、経団連も、企業の、利益の前に、社員のことを本当に心配して考えてくれているのかと。企業団体献金も、納めているらしき、その霊験あらたかな、結果らしきものも果たして、あるのか、ないのか。今回の政治との関係では、伝わっても来ない。ハッキリ言って無駄だったのではないのか。保険のつもりって、なんらの保険的作用にもなってやしない。ふふふふふふ。笑ってる場合ではないぜ。