
以下、引用は読売新聞の記事から
父は米国人の医師で、母は日本人のジャーナリストでした。5歳の時、米国から広島に移り住みました。原爆の人体への影響を研究するため米国が1947年、広島市に開設した「原爆傷害調査委員会」(ABCC)で、父が勤務することになったからです。
小学生の頃、放課後にABCCのロビーで、父の仕事が終わるのを待つ間、読みふけったのが、原爆の惨劇を描いた漫画「はだしのゲン」でした。近所の駄菓子屋のおじさんから原爆の話を聞いたり、家に届く新聞で被爆者が描いた生々しい絵を何度も見たり。被爆地で起きたことを知るうちに、中学生の頃には、世界中の人が広島に来て平和について考えるべきだと思うようになっていました。
米国に帰国すると、大学の同級生らが原爆の事実を知らないことに驚きました。当時は旧ソ連との冷戦時代。議論すると、核兵器の保有や使用を前提とした主張ばかり。
「一度、広島を見に行って来いよ。被爆地をなんだと思っているんだ」。憤りを抱え、周囲から孤立し、無力感を募らせて音楽の世界に没頭した時期もありました。
2016年5月、当時のオバマ米大統領が現職で初めて広島を訪れた時、「やっと来てくれた」と様々な感情が込み上げました。何より胸を打ったのは、オバマ氏が米国民に、かつて米国が原爆という「パンドラの箱」を開けてしまったという当事者意識を持つきっかけを作ったことです。
ウクライナを侵略したロシアだけでなく、中国や北朝鮮によって核兵器の脅威が高まる中、核保有国や米国の「核の傘」に守られる国が話し合う先進7か国首脳会議(G7サミット)では、核廃絶に向けて大きな進展は望めないでしょう。
けれど、各国首脳が広島平和記念資料館を視察すれば、1発でも核兵器を使ってはならないと心に強く刻まれ、認識は変わるはず。重要なことは、政治的な駆け引きであっても、ロシアのプーチン大統領のように核兵器の使用を口走ることは許されないと、G7が結束して表明することです。
議長国の日本にはサミットを政治ショーに終わらせず、強烈な存在感を発揮して被爆地の思いを伝えてほしい。核廃絶を願う「広島の心」を奥深いところに持つアメリカ人として切に願っています。(聞き手・森谷達也)
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