「老いと死の否定、永遠の生」人類が求め続けてきた究極の願望であり、さらには宗教の説く教義の根本に据えられるもの
あの三島由紀夫がすっかりディズニーに夢中になっていた・・・ってホント?。準武装組織である楯の会を自ら率い、最後には自刃した三島がディズニーランドにぞっこんハマっていた。あり得る?という人もいれば、自分のように、ストンと腑に落ちる場合もある。
三島由紀夫が夫人へのアプローチとして旅行先として選んでいたのは、なんとディズニーランド。
自分なりの三島文学観。それは三島自身のコンプレックスが全ての作品に反映されているとみる傾向がある。
ディズニーランドを思い浮かべると、三島の敗北をつい思わずにはいられない。残念ながらと、そこはカッコつきにして頂くとして、
(自分もディズニーファンだから誤解されても困るので。)
文筆家の解説は時系列でその詳細明かされていく。
「1970年当時東京ディズニーランドはまだない。三島が言うディズニーランドはアメリカのディズニーランドのことである。
実はこの10年前の1960年に三島はカリフォルニアのディズニーランドを訪ねている。そして川端康成宛ての手紙の中で『ディズニー・ランドはとても面白く、世の中にこんな面白いところがあるかと思ひました』と語るほど楽しんでいたのである。
川島勝著『三島由紀夫』によると次のように説かれている。自決の年の正月、三島は家族でディズニーランド行きをたびたび提案したが、夫人は『豊饒の海』が完結したあとにしたいと断っている。
近年公開された『三島由紀夫vs東大全共闘〜50年目の真実〜』という映画
作品のタイトルと同じく、同名の解説本も店頭で見かけることもあるが、内容は異にしてかつては古書店で手にした内容は、かなり、哲学的解釈本、主に政治と宗教を三島を通して探究するものだった。
文筆稼業の内にはイタリア人から三島由紀夫を薦められるという不思議な体験をすることになったという告白も併せて、ネット上でみるが、これも
時代だなと。これだけ、情報空間の広がりが
行き渡ってくると、なんら不思議でもない。
思想の伝播という意味では、それぞれの関心と張り巡らされたアンテナの感度とそれなりの興味、好奇心、指向性の相性によっては瞬時に結び繋がろうというもの。
自分の場合は、三島文学に触れる前に例の事件が。事件の衝撃が自我の芽生えの頃であっただけに、遠巻きにしながらも少しくかじるみたいな態度。選択肢としては遅まきながら。
ぞっこん遠回りのようにして、リターンしてきたのは、多分にドストエフスキー作品を好んで読んできた影響かなと。識者の解説、海外での三島評価にも似て。ふふふふふふ。そのイタリア人もドストエフスキー愛読家。
三島由紀夫作品、最初の手にした文庫本はと言えば、エッセイからだった。
人に言わせれば変わった順番だなと。読む順番があるらしきようなことも巷では。
気にせず、自身の読み継いできた順番を明かせば、ハマるまでいかなかった作品とそうでないに分かれる。
限られるハマった作品の内の数少ない一つが『不道徳教育講座』。彼流のこれが独特のユーモアというやつなのかと気に入ってしまった書でもある。
はまらなくて挫折した作品は『宴のあと』その他数々ある。
新潮社、三島由紀夫『花ざかりの森・憂国―自選短編集―のほうはその次に読んだ作品。
実はこの作品を最後にしてその年に自決しているらしいのですが、読んでる時はそんなことは意識もしてません。その後の文藝評論家のあまたある紹介から知ることに。
そして読みすすめるうちにこの作品に関しては、数多ある識者の解説と自身の解釈の開きのあることも自覚していくことに。
それは.作品の背景にある2・26事件への
歴史考察。認識の違いからだろうと。そこから派生してくるものなのかもしれないなぁと。
今では、そう理解する他なく、三島にとってはそれが悠久の大義に生きるという道筋を描いた作品だったかもしれないけど、まず、その背景にある事件の前提認識に違いがあるから、馴染めなかった作品でもあるのだ。
この作品、第一に掲げて評価するする人もいる、多いくらいだ。自分とは違ってネ。
だからといって、三島作品全体を、それをもって位置付けているわけでもない。
分けても自分の好きな三島作品はこうだ。
「夏子の冒険」
物語は井田毅という青年、北海道に宿敵のとある羆を討つために向かっていた。
夏子は、母・祖母・伯母を撒いて、井田の仇討の旅に連れ添うことになる……。
この主人公、夏子の人物造形が素晴らしい。
いいところのお嬢様である夏子がある日、情熱を持たない男どもから言い寄られる日常に嫌気がさし、いっそ函館の修道院で尼として出家することを決めてしまいます。急な申し出に両親も、祖母も、同居している叔母も反対しますが、頑固で天真爛漫な夏子は家族一同を半ば恐喝し、困り果てた母、祖母、叔母と共に函館へ、別れの旅に向かいます。
その道中、夏子は毅という猟銃を持った青年と出会い、毅の中に他の男どもには無かった情熱を見出します。毅の情熱とは自身の「仇」を討つために北海道に生息する四本指の熊を仕留めること。夏子は函館まで来ていた母、祖母、叔母の前から姿を消し、毅に惹かれるように熊撃ちに同行していく。
熊出没に追われる今どきの読まれるべき、タイムリーな作品かもネ。難解な決して作品ではなく、コミカルで軽くて多少三島ファン受けしないかも。でも、自分は好きなんだよねこの作品。
「金閣寺」
「仮面の告白」等の有名なところの解釈は省いて、
自分の場合の
最後に紹介するのは
これも.巷にある解釈が半端に感じてもいる作品なので敢えて取り上げて推奨。
「美しい星」
昨今の世界情勢見てみてみても、何処か
美しい?と、思われても当然な
疑問符沸く
只中で、誠に、逆説的に読まれるべき作品かなと。
参考まで。
参照の程を
三島由紀夫『美しい星』あらすじと感想~あの三島がSF小説を書いていた!カラマーゾフの兄弟とのつながりも!

