孤独をマイナスととらえるかプラスととらえるか。
過剰な自尊心が傲慢さを。
TVが言っていただと。
馬鹿も休み休みに。
時事川柳に得心。
法制史といのちを見つめる学び舎を再び訪ねて。
分断ではなく共感を
時にはアクセルを。
向き合うべきは責務から逃げない姿勢を
同志との邂逅。
本来孤独。
死の時も元々はひとりのはず。
生死一人本来孤独
有限を無限たらしめるのは、
その自覚あるのみ。
恐るべきは講釈ばかりで
食法餓鬼に落ちいること
皆が、支持を拒み出しても、
君は、変わらないんだねと。
なんと言われようが、
支え手を、募ることあっても、
自分からひくことはしない。
好きなんだな。
そう、好きかも
いや、嫌いでないことだけは言えるだけでね。
それに、決めている。
歴史と人の関係、
招聘もされた経緯から、3・16
それについては、第二代の。
あの学び舎の頃から、
儀式同席ままならずとはいえ
代理としての父上の出席の事実からも
それまで考えてもない政治の世界を考える
きっかけ。
知りたい一心。
そのことにおいては、誰よりも、
深く、
考えてきたつもりでもある。
岸ヤメロ。安保反対の仲間たちは
上の世代。
それらに囲まれながら、
心は、そこには無く、
晋三少年と同じような感慨で世の中を
眺めていたような気もしている。
同世代からの共感?
いや、それは、違うだろう
殆どが真逆の反応の多いことよ。
メルケルのコロナ演説、同様に、
聞き入っていた。
緊急事態宣言発令。
世間はメルケルに感動、安倍には批判が。
メルケルに対する世間の反応わかるけど、
安倍には、冷た過ぎるのが、解せない自分。
それ以上に肩をもつと、
身内からさえ、
異端視されかねない雰囲気だ。
であるからして口には出さないこと、心掛けている。
だからといってそれで孤独を感じたりはしない。
所詮、イデオロギーがきっかけで、最初に集まったわけでもないからね。
最大公約数の反映。
合意形成をあくまでも探っていくのが政治信条。
上っ面の改革者気取りからは、
妥協主義との罵りを受けることの多いことよ。
そのことを意には介してはいないのだが。
パフォーマンスよろしく
安倍がどうだこうだいっているより、
今、首相をしっかり支えるんだ
という覚悟、そのような覚悟の出来ている
政治家がどれだけいるだろうか。
自分は
そういう覚悟の政治家を信じることにしようとしている。
強権的なロックダウンは、もとより本意でないメルケル。
自身が東ドイツの出身でもあり、肌身で
経験してきた、歴史の人でもある。
その経験者からの呼びかけでもあることから。
だから、呼びかけられた受け取る国民のほうも、
理解したのだろう。
メルケルの覚悟が伝わった瞬間から、
歯車が、回転し出して行く。
日独相通じながらも、
戦後レジームからの脱却
真摯に歴史に向き合ってきたところと
戦後復興の先人の
奮闘を忘れて、
バブル期に
付和雷同の卑しさだけを身に付けてしまった国民とのそれは違いなのか。
覚悟のない、国民のほうは
というと、舛添や、
橋下のメディアの前で、
悦にいっているような声に
合わせるようにして、
真剣に、まさか
まるで、自身が
なにか大切なものでも、初めから気づいていたかのように、
振る舞い始める。
只、溜飲を下げているだけのことなのに。
久しぶりの母校は、
なんだって言うのだろう。
地域性の問題なのか
同床異夢に感じて居る。
同志の多くは、自分のような立場のものから
すると、守られた大企業の勤め人ばかり。
連合の神津会長の主張と変わらない。
そのうえ、支持を
といえば、まさか、さかのぼれば、
国民民主、希望の党でもあるまいに。
周囲も気付いて欲しい。
不満のはけ口にしているだけでは、
何も
価値を生まないことを。
同志のなかにわずかばかりのそのまた、中に
同志を見つけるしかあるまい。
日本は、まだ地獄を見ていないから、
首相批判にうつつを抜かして
いられるのかもしれない。
現役の頃の過去記事blog。ここまで、おさらいするように。
その頃と今との違い。
この後に及んで、元々が望んでもいなかったお方。大義のない、解散風を、ちらつかせられるに及んでは、、。