トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

市川修一

昭和53(1978)812日、鹿児島県日置郡吹上町吹上浜に自家用車を残したまま拉致された市川さんは当時23歳で鹿児島市電電公社(現NTT)職員、増元さんは当時24歳で事務員。車はロックされ、助手席には増元さんの手提げバックとカメラが置いてあった。バックの中にはサングラス・財布・化粧道具などがそのまま残され、車内はまったく荒らされた形跡がなかった。なお、市川さんについては安明進氏が金正日政治軍事大学で何回も目撃し話をしたこともあると証言している。

警察庁拉致事件とやっと認定するも、それからでもすでに久しい。

 

告発するのは、元共産党議員秘書の兵本達吉氏。「社民党自民党親北朝鮮議員よりも、いっそう露骨に拉致問題解決を妨害してきたのは、日本共産党です」
 
 氏は、十数年拉致事件の調査に取り組み、結果、党の査問を受け、党から除名された人物である。
拉致問題がマスコミに注目されるようになるにつれて、党は調査を妨害するようになりました。いちいち報告を求め、報告すると、今度はメモにしろという。出張費も出なくなる。ひとつは、社会主義のイメージが低下することを恐れたのでしょうし、隣の国が恐ろしくて危険な国だということになると、有事法制の整備にも勢いがつく。また、党は朝鮮労働党との関係修復を図っていたようです。
 七八年、レバノンで女性五人が北朝鮮に拉致されたときには、レバノン共産党と、PFLPというパレスチナ極左組織が、朝鮮労働党に対して、『すぐに帰さないと、友好関係は終わりだ』と強硬にねじこみ、被害者を帰国させた実績がある。なぜ共産党にはできないのか。それが政治家の仕事ではないですか。
 ところが不破さんは森首相との党首討論で『相手が国際犯罪を犯したというなら、よほど足場を固めていないといけない』『疑惑の段階から捜査が進まないなら、それにふさわしい交渉と解決の仕方がある』と、国会で拉致問題解決を妨害しているんです。


 増元側の親族
 『九月十七日、八人死亡を伝えられたとき、私は会見で『社民党共産党の方々、我々に言うことがあったら連絡してほしい』と言いました。あの時は、公明党議員の姿が目に入って言えなかったんですが本当は公明党にも同じことを言おうと思っていました。私たちの望むものは、中傷や弁明のための百万言ではなく、解決のための率先した一つの行動なのです。

週刊文春平成141128日号

 

 

他の取材調査、脱北情報機関員の告白証言等々と照らし合わせても。受け止めには温度差が。警戒感も。慎重にが、ともすれば、背負いたくない難題意識か?