トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

ベットにふせった頃を

入院中の頃回想している。

 

選挙選の解説もひと段落したようで、

 

まあ、望んだような結果。チャンネルは他に

見るところもなかったので切り、

 

読みかけの小説「光る壁画」を読み進めたときの感慨や、ベットから天井を見上げながら

 

何をどう考えるでもなく寝付けなかった日々。

 

相部屋の一画に横たわる自分を、もう一人の自分が観察していた。

 

昔学生だった頃読んだクローニン文学の世界に

触れる瞬間もあれば、その反対に弱気なもう一人の自分は、心身の復活に疑念を抱いたりしていたのだった。

 

そういった心までサポートするナースさんたちの

素晴らしさも見た。

 

少年老い易く学成り難し。

 

あの頃、ふせりながら読み進めた他に

村上龍の「55歳からのハローライフ」と

五十嵐貴久の「誘拐」があった。

 

入院患者同士のプライバシーにお互い

触れることもない。

極力さけ、当たり障りのない挨拶

の程度。

これが何よりかもしれない。

 

何度か、入れ替わり、退院していく

その住処の住人で、自分が

一番年若かった。

 

周りは常に、年配の高齢者で、

人それぞれに、個性と癖を。

 

勿論、影の薄い方も、あれば、

間仕切りしているカーテンの開け閉め

シャーという

音の高さで、それなりの存在感を

感じさせる人もいた。

 

年金給付月と支払い額の確認に

常に、専念してという人もいれば、

 

カーテン越しに聞きたくもない、

株の売買やら、不動産賃貸での

自慢話の人も。

 

生と死の背中合わせの中で

 

それらは、清涼とは言えないにしても

 

変に、毒バナとしての活力さえ

かもし出していた。

 

時に読んだ

村上龍の作品は定年前後のリストラにあった男たちや、定年後の家でいる男に愛想をつかせて

離婚、颯爽と第二の人生に踏み切ろうとする夫人たち、はたまた再就職という選択肢と本当にやりたいことはあるのかそもそもとの問いかけ、

様々な織りなす縁を通して描かれていた。

 

作品の時代背景を類推

 

まあ、読みようかもしれないですけど

 

自分の見たところ悪夢のマニフェスト選挙選

 

政権変わったけれど、経済の

沈下甚だしく、

今でこそ、卒業学生の雇用は完全に

近いほど回復したが

あの頃は、相当、ぼやかれるといった

 

不幸な時代を思い起こす

新卒求人どうこうより、

大手企業は

解雇リストラ人選と予告の始まり

割増しの早期退職制度のふれこみよろしく

多少の迷いの日々の告白耳にしたりと

色々だったこと