









イスラエルのラビン首相が、亡くなってから久しい。「流血と涙はもうこれで終わりにしよう」とラビンが呼びかければ、「世紀の受難の終わりの始まりにしたい」とアラファトが応じたのだった。あの感動的なシーンからまた逆戻りの受難の様相が中東全体を包んでいる。絵画展をキッカケにふたりのデートは鎌倉の大仏見学、浅草あたりまでの海上バスでの舟遊び、東京ハンズでのショッピング。渋谷、新宿でのミュージカル観劇と。その後飽きずに何度も行ったのは神田界隈の古本屋廻り。「シモン、これ読んでみないか。」差し出されたのは大佛次郎著『パナマ事件』だった。「オサラギ・ジロウ?」 ときに話題は中東全体におよぶことも。ふたりとも日本語で考え、日本語で語ることがすでに自然になっていた。ナセル主義に憧れをいだいていたカセム、日本で出会った友人の渡辺。フランス人の彼女シモン。渡辺から誘われるままに行った世界少年少女絵画展。今現在のガザの窮状、瞼に宿しながら、見つめる作品。一枚一枚の展示される作中人物画に描かれる少女の輝く瞳に吸い込まれるような時間。
渡辺との最初の出逢いの瞬間を思い浮かべてもいる。
カセムさん。ちょっとお尋ねしますよ」とか、「カセムさん。今、僕の友人たちとお茶会してるんだけれど、仲間にはいらない」などと、たちまちにして、カセムが彼らに惹かれた理由もうなずけるのだった。それまでのカセムは多分日本に憧れてきたものの、そういう日本人には出くわしてはいなかったろうと思うのだった。せかせかしたビジネスマン。ひっきりなしに出入りする地下鉄。高層ビルと消費社会。関心事は個人の損得勘定に収斂され、ただただ石油文明の恩恵にあずかりながら中東の文化に無関心な人を見るばかりの日本。そういう日々ではなかったかと。
シモンの眼から見るカセムにしても、もうもどるべき故郷のなくなっているという現実に目をこらしていた。彼の能力は何に使ってゆくというのだろうか。都市工学。勉学の意味。最近の歴史懐古趣味。日本礼賛。彼の父はイ・イ戦争を有利に導くための関係国づくりの相手でもあったフランスへの遊学を勧めたらしいが、彼の選んだのは日本だった。有利な武器を運んでくれるのはフランスであって、日本ではない。しかし、日本は中東地域から一番石油を買い上げてくれる国でもあった。戦後の目覚しい戦勝国をもおびやかすその日本の国力の復興ぶりと併せて勤勉で慎ましやかな眼差しはカセムの心の琴線にひびくなにかであっただろうと。シモンから見てカセムはどちらかというと他のイスラム青年のような生活力はない。カセムがいいとこのお坊ちゃんであったのにくらべ、周りの彼らのほうはしぶとく、我慢強く、転んでもただでは起きないふてぶてしさがあった。取り巻きの彼らのほうはイスラム教は生活の糧であり、集まりは生活の互助組織であることはシモンの目からもあきらかであった。それを拒むカセムでもなかったが、もっと高位の精神性、哲学面のほうに飢えていたカセムであったので、好んでUとか渡辺とかが語る東洋哲学のほうに魅せられたのだろうと。
カセムは屈強な彼等とちがって、力仕事は慣れなかったはず。常盤線・南千住駅から山谷。仕事は建設現場でのコンクリート仕事と穴掘りと雑役、片付け。手配司を囲んで何人かの顔見知りもできた週末は、みなそれぞれにひとかどの個性の持ち主であることを認識したという。宿でのことと昼間でのことが交互に織り成すように語られてもいた。仕事における知識や能力の欠如が見いだされると、多くの山谷住人は決して見逃さず、相手を小ばかにし、「そんなことも知らないのか」というのが常だったらしい。世の中、常に自分に訪れた他人に対する優越性を事あるごとに確認しないではいられないという人もある。他人から、尊敬や羨望を受けたことのない裏返しでもあるかのように。露骨にそれらの態度を示されるとカセムのほうもさどかし辟易だっただろうと。ギャンブル好きの人。メジャーリーグ野球好きの人。政治好きの人。話題はそれぞれ。さしづめ、カセムは皆から、なにをかんがえているか解らないやつだぐらいは思われていたかもしれない。日本人の大半は労働センター常連組。外国人であることが一見してわかるカセムらは正面から求職するわけにはいかない。手配司がかなりフトコロをあたたかくしたようにみえたのは大企業も安い労働力を求めて外国人就労者に頼る傾向に加速度を増した結果なのだろうかと分析めいたことを。イスラム青年はおしなべて差別や偏見のなかで暮らしている。カセムは父のスネをかじって日本に来たが、同郷の彼らは爪に火を灯すような生活をしながらまだ、故国に仕送りまでしていたのだ。彼はいった。俺はわずかの期間だが、彼らはいつまでも続くのだろうと。そう思うと傷だらけになった手。作業中にしてしまった火傷の痕などをみながら、現場で投げつけられた言葉を思い出すといっていた。「代わりならいくらだってあるんだぜ。」でもそのときカセムは新しい住まいで出会った学生渡辺の言葉を想起したという。「偉大なあのメソポタミア文明を背景に持つ国から来られたということですよね。カセムさん」彼がこの言葉をくれたのだと。最大の激励ではないのか。異国でのたったひと言が励ましになっている。そういう励ましの言葉をくれた彼らを裏切ることはしないようにしよう。そう誓ったという。相手を尊重する姿勢がそのひと言にあらわれていることに間違いはなかったという告白。当時のふんばるカセムの姿を想像している。








