◆あれもやれ 残業するな これもやれ
◆キミだけは オレのものだよ マイナンバー
◆「今帰る、」妻から返信「まだ、いいよ」
◆「定年後 帰りは何時 聞く側に」
◆我が家でも 「温めますか」と 飯が出る
聞かなくてもよくないそれ?コンビニじゃあるまいし。
年だもの最後だわねとまたハワイ
「円満の 秘訣ソーシャル ディスタンス」
メイドカフェ?冥土もカフェがあるんかえ?
『夫婦して 子供机で テレワーク』
『スクスクと 育つ孫見る スマホ越し』
『エコバック 毎度忘れて 小銭ロス』
不満なら犬に言うなよオレに言え
トインビー博士、東洋の宗教的伝統への関心、和歌山の那智の滝にも訪れていたのは知らなかった。特に大乗仏教に強いシンパシーあることは、学生の頃に多少の理解は。
トインビー博士が日本に対して強く関心を持ち、思索しておられた根本的な内容。「国家神道」への信仰の崩壊 によって生まれた日本人の「心の空白」。戦後の歩み
「西欧文明」と「日本文明」の衝突の結果、敗者の中の「内的プロレタリアート」の中で広がる「高等宗教」
深層心理学の分野と宗教。その宗教というのも、仏教とキリスト教をあげて思索。深層心理学といえば、主に名だたるところは、フロイトとユングというところか。
ユング博士は人間の心理の研究から深層心理の研究に行き着く。グノーシス派のキリスト教、中世の錬金術の研究という方向で人間の深層意識の歴史的発展のあとをたどるというその道筋。それを学んだこと、朧げながら瞼の裏に。意識と無意識。無意識に至っては無意識層には、仏教でいうところの末那識(まなしき)と阿頼耶識(あらやしき)なんかが対比できるのかもしれないなあと。
昔々の議論したこと。
友の書棚には小松左京の小説本。
『日本沈没』は地震災害がテーマだったが、『復活の日』は謎のチベット風邪から始まる感染爆発をテーマとして、まさしく、今日的な生存が脅かされつつあるパンデミック小説だった。なかでも、極寒の南極にわずかばかりの生存者を描くことでその顛末の悲惨さを象徴的に物語っていた。相も変わらなさを感じさせてくれるのは危機の事態に際しての人々の様相。ユングの深層心理学からも言えるところのもの、九識論でいうところの人間の無意識層の部分かもしれないなあと。
文明の病への対処法は
深いところで、結束した、
正しい無意識層からくるところのもの。これ、大事。
そして弱いものではなく、
強い意志が維持されることができるかどうかがどこまでも
試されていくんだろうなと。
メディア上で飛び交っている論点のほとんどは、70年以上前に発表された『ペスト』にほとんど含まれていたというべきか。カミュは、感染拡大に伴うあらゆることがらを『ペスト』に盛りこもうとしたんだろうと思える。そして、自分はこの書にふれたのは、学生時代だったのであるが、昨今のコロナパンデミックでオンライン普及も歓迎されるべきだがSNS上の取り方の行きちがい。言葉が凶器にもなるし、一方で心強い絆を生む接着になることも肌身に知ることに。