トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

政局雑感

これまでを。

かつて、石橋湛山いわく、「務めた任期の長いだけが、首相の値打ちではない。」と言ってたが安倍氏国葬で送るという決定は、彼の地位の反映でもあるだろう。安倍氏は日本の首相を史上最も長くつとめた。批判する側の人は長いだけで何かをしたということも聞かないなどと摂るに足らないように切って捨てる発言もある。しかしながら、戦後の政治家で彼ほど、世界における日本の地位に影響を与えた人はいないという評価もある。

安倍政権とも近かった政治学者の鈴木一人・東京大学大学院教授は、安倍氏が時代の最先端を走っていたと話す。

安倍氏はパワーバランスの変化を理解していたと、鈴木教授は考えている。中国が台頭すれば当然、パワーバランスが崩れ、この地域の秩序が再構築されるため、安倍氏はそこでリーダーシップを取ることを望んだのだという。

鈴木教授はその例として、環太平洋経済連携協定TPP)を挙げる。アジア太平洋地域のアメリカの同盟国すべてを一つの巨大な自由貿易圏にまとめようとした、バラク・オバマ米大統領の大規模構想だった。

このTPPから、ドナルド・トランプ米大統領2016年、アメリカを撤退させた。その時、誰もがTPPの崩壊を予想した。しかし、そうはならなかった。

安倍氏がリーダーシップを取り、紛らわしい名前だけれども、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)を作った。

名前がどうあれ、中身を実現すべく引き継いだことには違いない。その道の専門家にいわせれば日本はこれによって、アジアで主導権を握るという新たな意志を示した。安倍氏はまた、これに続いてアメリカ、日本、インド、オーストラリアによる協力枠組み「クアッド」の創設でも重要な役割を果たした、という。

さらに重要なことに、安倍氏は日本の防衛力においても変化をもたらしたとも。

2014年に当時首相だった安倍氏は、日本の戦後の平和主義的な憲法を「再構築」する法律を成立させた。

つまり、これにより、日本は「集団的自衛権一部容認して」行使できるように憲法解釈。つまり、第2次世界大戦後初めて、日本はアメリカの同盟国と共に軍事行動を取れるようになったのだ。

この法律は大きな議論を呼び、波紋は現在もみられるも、国内は色々あってもインド、太平洋諸国オーストラリア含む国際社会の評価は高い結果を生んでいるという。東京で国葬反対のデモ行進をした数千人は、安倍氏が日本を戦争に導いたと非難している。

デモに参加した1人は、「安倍首相は集団的自衛権を認める法案を通過させた」、「これは日本がアメリカと一緒に戦うことを意味する。つまり、彼は日本を再び戦争をする国にしてしまった。だから私は国葬に反対する」と話す人も。

戦争で深く傷ついた国として大切にしてきた憲法の平和原則を変えるのかとの批判。しかし、大勢は安倍氏に対して怒っているのは、「彼は何をしたにせよ、憲法の原則に反して実行した。民主主義の原則に反して実行した」と聞きようによっては、強行採決主義者だという風な扱われかたなのだ。

しかし国際的にはこれにより、平和憲法がより、国際法に近づいたとみる向きもある。安倍氏の評価が、ここでも開きのあり過ぎる様相を呈してきている。

彼は憲法の解釈を変更した。批判する側からすると「国民に説明責任を果たさない人物と」なり、安倍氏を支持する側からするとこれらの指摘はすべて的外れで、彼以上に日本の存在感を高めた人物はいないとなる。

安倍氏は世界のどの指導者よりも先に中国の脅威の高まりを察知し、日本が日米同盟において、コストを完全に支払っている正式メンバーになる必要があると判断した――支持者らもそう考えている。

鈴木教授は言う_安倍氏はとても未来的なビジョンを持っていた。中国が台頭し、アメリカがこの地域から退くと見ていた安倍氏は、この地域でのアメリカの関与継続を確保するには、日本が自衛力をもつ必要があると分かっていたのだと、鈴木氏はそれから、再軍備され、能力を備えた日本を、アメリカばかりが歓迎しているのではない。何故かと言えば中国について同様に懸念するアジアの多くの国々も強い日米の絆と、その枠組みを望んでいたということ。お忘れなくと。

安倍氏は、オーストラリアとインドを意欲的なパートナーにした。同氏が殺害されたとき、インドのモディ首相は国を挙げての追悼の日を宣言した。

日本国内での国葬への反対はここ数週間、強まっている。世論調査では、国民の半数以上が国葬の実施に反対している。とりわけ、費用が166000万円と見積もられていることが背景にあるらしく。今週初めには、首相官邸の近くで男性が自らの体に火をつけた。19日には、約1万人の抗議者が都内をデモ行進し、葬儀の中止を求める恣意行為がつづいた。

でも、世界に安定と安全をもたらした日本のことを否定する人は、ほとんどいないという国際社会の中で、何故か国内でのこの否定的な盛り上がりはなんなのだろう。異様でもある。

ルーパート・ウィングフィールド=ヘイズ、BBCニュース、東京

知人からの便り、記事教えてもらいながらその感想まじえながら記す。

 

「無くしたと 探すマスクは   あごの下」

「コロナから 患者守るぞ  ワンチーム」

「武勇伝 俺の話は 無観客」


「白熱の Web会議に 猫の声」

「晩御飯  娘退出  妻ミュート」

戦後にもし叶うことならと、昭和天皇もお考え遊ばされていたんだなということがわかったあのとき。それは、平和志向を抱いてちゃんとした、憲法改正をみて、占領下に、もぎとられるようにして取り去られてしまった自主独立の自衛権の正しい概念。

その後、旧来の批判にさらされてきた

 安倍、憲法観がそれに近い形に重なることになるのは確かにある人にとっては皮肉、議論を通じてリベラル批判の盲点が分かった部分は救いだったなと。

 

先の安保法制、ひとまず通ったことをもってひと安心。

そのことによって改正論議は、優先順位からして、喫緊の問題でもなくなった。

 

それが自分なりの理解。

 

まあ、

おしなべて、終わりになると、メンバーのなかでは、自分の少数的立場を意識してしまうのも少なくない。

 

今回も、まあ、それに近いところ。

 

端折っていえば、皆は、護憲的、自分は改憲的とでも言えばわかりいいのかも知れない。

 

新資料に基づくTVドラマ仕立てのドキュメンタリー視聴後の自分なりの解釈。

 

天皇拝謁記の新資料発見

後の仲間との集い。

 

田島侍従が記されたという貴重な数々のそれ

 

 

自分の少数的立場に追い風を吹かしてもくれる部分あったこと

で、意を強くもしたのだが。

 

 

集まった皆は安倍首相が、嫌いという連中が多くを占め、自分の場合は以前から、安倍ファンであることを

つかまれてもいることから、なんとなく、会話の端々に

 

それを、もって揶揄されることもあり。いい例が、上皇の戦後の象徴としての平和志向と、

 

憲法改正の安倍を対比させるなんかしての安倍批判を受けたりもしてきていたのだ。

 

だから、

 

上皇はそうだけれど、裕仁天皇は昨日の新資料でいえば、

 

ちゃんと、平和志向は抱いて、戦後にもし叶うことなら、ちゃんとした、憲法改正をみて、

 

旧来の批判にさらされてきた安倍、憲法観に近い形で、昭和天皇もお考え遊ばされていたんだなということが

 

分かった部分は救いだったなと。

 

それを自分の場合は話題に出したのだが、番組視ていたのが、自分以外にはおらず一人のみ

ということで、皆の全体の話題に発展することもなく、話題は

過去の森友問題とか共謀罪法案とかに移っていく始末。

 

ここでも、安倍批判を聞かされ、話す方はそれで、留飲を下げた感があって喜びもあるんだろうけれど、

 

安倍を弁護したい自分なんかは、まるで、これ以上言えば、まるで無自覚自民党信奉者に思われかねない。

 

こちとらとしては、多くの安倍批判、いま語られている皆の伝聞こそ、

 

マスコミの影響受けまくりの連中だなと。

 

それをあんまりいえば角の立つ故、かなりオブラートにつつんだ表現が、どうとらえられたか不安な要素もないわけではない。

 

真っ向受けた、森友問題部分だけでも、反論しておけばよかったかなと。

 

受けた一言は、官僚の抵抗の死を巡っての部分。

その死を無駄にはできないみたいなほとんど周囲の発言。

自分一人だけが、死は痛く受け止めるも、

だからと言って、それをもって安倍の性格批判とかに繋げてしまうのはどうなの?人間的に信用がとか、信頼ができない批判に

 

短絡的に持っていこうとするような流れには、厳として同調はできなかったのだ。

 

憲法議論阻止派の嫌らしい難癖、印象操作にすら見えてきたりする。

 

あんまり、戦後レジームがどうのこうのとの

話まですると、同窓の集いから

浮いてしまいかねない。

 

例の番組内容、反芻してしまう。

 

 

昭和天皇大日本帝国憲法と戦後の日本国憲法の二つの憲法下に生きていかれて、

 

戦後になっても、元首としての元々の意識は抜け切れていなかった部分も認めざるを得ない発言の数々。

 

 

吉田首相からの、発言部分。

 

サンフランシスコ講和会議での日本再出発の時期に

 

反省とか、逆戻りのお話は陛下にしていただきたくない。という部分。下手したら、天皇の戦犯問題、はたまた、退位問題も

 

復活しかねない時期でもあることで、削られた天皇祝辞の原稿部分のこと。

 

正面から、昭和天皇は警察自衛隊、警備法

 

考察されていたこともおおかた判明の新資料。

 

そうだったのかと。

 

改正も、憲法の改正も天皇は踏み込んでお考えだったことが。

 

吉田は旧軍の復活は好むところではないにしても、時に後生大事に、経済だけを視て、前へ進んでいけるという構え。

 

あとは、むこうから、持ってきた平和憲法を理由に、

 

それ以外の余計な安全保障は考えなくともすむではないかという立ち位置

 

 

帝国憲法下に過去に暮らしてきた天皇からすれば、

 

当然ながら、一国の独立を今まさに世界に向

かっていこうとするこのときに、先の大戦の悔悟と反省とは

 

同じくしてその表明と、この再軍備下の動きになんらかの、憲法上のタガを込める意味でも憲法上の曖昧さを許さないというお気持ちがあったことが。

 

いまにつながる、憲法再定義の意思

 

菅、安倍継承路線批判。

笑っちゃう。

同窓のメンバーのなかでも、

久しぶりの会話。

いろいろなやり取りの中から、しっくりいかなかった事項は、森友の件が交わされたのだが、認識の違いが自分とは少しく開きがあるのだなという思いを強くしてしまった。

 

只、公文書の改ざんは言語道断であり、再発防止対策に全力で取り組まねばならないことは当然。今回の財務省文書がそのまま開示されていれば、むしろ上記のように政治家や昭恵夫人の関与の疑いは否定され、改ざんの理由は財務省自体の問題であったことが、自ずとわかってきただろうに。

公文書の管理問題は、問題にしなければならないが、

本質的な議論と時系列的な整理を冷静に行うことなく、推測に基づいた報道や議論の結果、国民の不信感だけを残し、2年にもわたる時間を浪費したことになり誠に残念の極みでしかない。