トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

ある下請け企業の勇姿

画像は過去にtv番組で視た、福島原発震災対応のもの。番組タイトルはこう。

明日へ つなげよう 証言記録暴走する原発に突入せよ~事故拡大防いだ下請け企業

 

ガイガーカウンターが鳴り響く暗闇を全力で走り点検に成功、事故拡大を防いだ技術者たち。今初めて明かされる下請け企業のプロたちの証言でした。その方たちの真剣さで救われた日本。

 

 

原子炉建屋の相次ぐ爆発で危機に陥った福島第一原発東京電力社員の多くが被ばくし人手が不足するなか、自ら志願し現場に突入した下請け企業の技術者がいたことは日本の救い。任務は、メルトダウンが進む原子炉内部の状況を見極めるのに欠かせない、水位計の中から僅かに残った正常な計器を見つけ出すこと。立派な働きをみました。

 

夏目漱石の言葉と哲人オルテガの残した生の哲学を味わっている

 

 

混迷政局の土壌ー80年前の予見

大衆の落とし穴―衆愚。20世紀の哲学者オルテガがすでに見つめていた大衆社会のゆくえ

 

智に働けば角(かど)が立つ。

情に棹(さお)させば流される。

意地を通せば窮屈だ。

とかくに人の世は住みにくい。

住みにくさが高(こう)じると、安い所へ引き越したくなる。

どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画(え)が出来る。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。

やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。

ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。

あれば人でなしの国へ行くばかりだ。

人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

自分なんかはこの

国とか人の世という言葉の関連から作者の意図を考えている。作者、漱石自身の処世観が主人公に込められているーとそうみるのだが。

主人公は画工であり、詩人。人情というものから離れたいという気持ちで田舎へ行くが、なんだかんだ、人との接触があり、

完全な《非人情》の世界には行けない。草枕のテーマは《非人情》がテーマではないのか、そうに違いないという気持ちもある。

でも作品中の会話には、《不人情》とは別の意味で使われている。どちらも、ほぼ共通の意味で、人情が無いというような意味もある、

作品で言う《非人情》は、義理人情というものとの関わりに執着するのでなく、世を見極める世知、怜悧な眼差しのことに違いないのだ。

続いてその続きの「住みにくさが高じると、安い所へ行きたくなるという箇所。

越す事ならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、束の間でも住みよくせねばならぬ。

漱石先生は、所詮、人の世は、どこに行っても同じだと言っている。山の彼方の幸を夢見ても仕方のないことだという訳なのだろう。

 

その他のニュースもあわせて

 

信頼できる国は1位英国。2位日本。3位フランス。4位インド。5位米国。6位中国。【シドニー共同】

 

それから信頼できる首相の順位も。1位は英国のメイ首相。2安倍晋三首相。3位オーストラリアのターンブル首相。4位がフランスのマクロン大統領。5位が中国の習近平国家主席6位がトランプ米大統領。中国の習近平が?入ってる?ふーん。

 

 

またまたその他、当時のbs番組。憲法をテーマにしていた。bsフジ『プライムニュース』の印象もあわせて

過去に書き留めたものデジタル日記

 

憲法の改正の是非が議論に。

共産撃沈完敗していた。

自民立憲維新共産

のテロップ。

共産(井上哲士立憲(奥野総一郎中央に番組アシスタント司会と並んで

つづいて自民(新藤義孝維新(馬場伸幸)と席の並びが

井上哲士はもうボロボロで反駁できていなかった。新藤氏からの質問に説得力ある反論もなし。党の見解の矛盾を半ば認めるしかないのに、真正面からの議論はさけ、自衛隊は志位委員長も新政権樹立後政権参加の上は当面、合憲と認める会見もなされている。

新藤氏はそこをたたみかけるように自衛隊違憲とあれだけさんざん言い続けながら、ウクライナ危機から、我が国の周辺情況に鑑みて、今度は活用ですか?活用論とは、まあ、自衛隊にも失礼な(馬場の合いの手の声)

国民へ政策転換。国の基本にかかわることなのに説明はどうされてるんですか。と攻勢をかけ井上氏は、劣勢、党と政府との使い分けに終始。横で立憲(奥野)の、あんまり的を得ていない弁護もあって。なかなか、判っていることなのに、ついつい笑ってしまう。

カタルシス吐き出すにはいいかもしれんが、

毒にも薬にもならない「戦争をする国批判」

もはや一国だけの平和など、ありえない国際社会へと突入していることが思い知らされる昨今。

あくまでも安全保障政策は九条の平和理念と専守防衛日米安保体制とのセットで、双方いずれが欠けても危ぶまれることを。