1980年に開催された共産圏最初のモスクワオリンピックであったが、ソ連のアフガニスタン侵攻に反発したアメリカ、日本など西側諸国がボイコットした。アメリカ大統領のボイコット呼びかけによってイギリス、フランス、西ドイツ、イタリア、日本などが不参加となるという、国際政治の対立がスポーツにもち込まれるという開催となった。
イギリス、フランスはオリンピック委員会が政府の方針に反して個人資格での参加を認めたので、国家代表としてではなく参加した選手もいた。日本には柔道の山下泰裕選手、マラソンの瀬古利彦選手など、メダルが有望視されていた選手がいたが、涙ながらに断念した。
今回はどうするのだろうと、ロシアのウクライナ侵略をみて、それを思わないわけでもなかった。それはあんまり正面きって、その事をふれようとする、メディアもなかったからだ。しかし、自分と同じような気持ち抱いている人もいるんだということもわかって嬉しかった。個人的に、心情はボイコットと発言していた斎藤幸平という人。見出しの東大准教授で 、数少ない心当たりのありそうなという人を頭の中で描いていた。誰だろう。ひょっとして斎藤幸平かな~っと 思っていたら案の定だった。別にマルクスのことをリスペクトしていたからって、心当たりは自分もだから、それだからって共産主義信望者とは限らないでしよ橋下さん。橋下徹の酷すぎる批判は当たらない。
橋下徹氏は斎藤幸平先生に選手へのリスペクトを求めるが、そもそも斎藤先生は選手へのリスペクトを否定などしていない。 IOCの、ロシアとイスラエルへの対応の不平等性に言及したに過ぎない。 発言してもいない事を引き合いに批判するのは、まさに「詭弁の典型」。あれだけのガザへの、病院を、中心とする攻撃を加え続けたイスラエルの選手団が参加できていて、パレスチナの選手団が参加できていないこと。この、バランスの悪さを問題視してる斎藤氏の発言は頷けるものだったし、大会主催側は、それに関してのどういう努力を果たしてしたのだろうかというのは、疑問符として、自分にもあったわけで、共感できる発言。オリンピックに政治を持ち込むなという、安易なフレーズで逆に別に、そこ、こだわらなくったってっていう意見が大半の中で、見る側の自分は、よく言ってくれたという構えで、頷いていた。「反五輪」の主張がテレビで流れたことはきわめて重要。この発言が、テレビでどの程度許容されるのか注目、自分なりの注目点。かといって『ガザ問題はオリンピックより重要』という論調になると、そこは、違うだろという気持ち。
事をわけて論じてもらうしかない。
空爆受けている少年、少女にしたら、大人たちのオリンピック休戦とかのテーマさえ、腹立たしい、悲しみを堪える気持ちで見つめている事でしょう。戦争自体をやめてもらいたいもの。公平に参加できるようになんて、主張できているうちは、まだ地獄を、見ていない。斎藤幸平さんの場合は反五輪と言うより親米イスラエルが嫌いなだけ。ダブスタと言うなら、人さらい国家・北朝鮮の出場なのに全くスルーなのでは?という意見も。自分はそこまで、決めつけする気持ちにもなれないが、モノごと見過ごされること続いていくと
、なんか「少しでも抵抗したい」という気持ちもあるんだよねー。アスリートがスポーツに向き合う姿は、尊敬に値するし、それにも、共感しながら、せっかくの祭典、国際的な集いの空間。そういうつぶやきを耳にして、スルーしてしまう人がいるかもしれないけれど、また、心にとどめて、それがいつかしら、深く考えはじめる切っ掛けになる人もあろうというもの。
君は心が広いねー。そんな、国際協調とか、平和とかよりか、身近な、損得勘定に訴えるほうが手っ取り早くない?
汚職と 機密費問題を絡めてやっとだよ、それまでだって、関心示してくるのは。ふふふふふ。俺も含めて、中継みてて、それから、ネット上の反応も。商談も、全てが仕事に関係しているとは限らない。インフォーマルな時間ってあるでしよう。そんなときは、話題は今のオリンピックさ。罪がない。中には、全く見ていないという人があるかもしれない。でも、多数の人の関心事でもある。スポーツに詳しくなかったとしても、勝ち負けがつくという限りにおいて、なんらかのカタルシス。味わえる部分においては、癒しなんだと。それまでは大リーグの、大谷。オリンピック期間は、それに、代わってボタンチャンネルも忙しいんだ。今、痛感することは、その勝敗に関する、馬鹿馬鹿しい
書き込みを見ることの方の不満と、嘆き、落胆の方が、大きいぜ。勝敗は、勝敗だろが。
いやいや、文句が多すぎるだろ。納得する事も、ないことないけど、今夏の、場合は、納得するどころか、馬鹿らしくって、日本も平和だね、と思うどころか、そこまで、書き込みに真剣に向き合うほどのものかと。希少すぎる意見をあたかも、大層に受け止め過ぎ。それはないこともないのであるが、バカすぎるにも程がある。判定に対するクレームをそこまで言うか。負けて号泣する選手をそこまで叩くか。素直な喜怒哀楽。それだけの思いの丈を掛けてきた人ならではの反作用。
柔道ルーレットの陰謀論。まことしやかに。信じるのは勝手だけど、勝ってたら言わなかったんじゃないの。そのようなこと。負けて、かのイチャモンのつけようも、本人一切言うてないのに外野でそこまで炎上となると、いい加減やめて欲しいわ!