トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

維新?

もともと、そういう感情に任せる性分なのか。

それとも.皆が勘違いしてるだけで、常の板についた戦法、引っ掛け戦法だったのか。

握手していた姿がつい、この前の場面。

それだったのに、約束反故だの何なのと、

時の総理を嘘つき呼ばわりですか。

みくびり方も、上から目線。

なんも、考えていないのか。そういうことには、無頓着。

ニュース報道からは、馬場代表の怒りにも

感情移入しないわけでもないが、いずれにしても、いつまでに日付云々、批判今頃、言いだして、それにしても、あんた、文章、判押して、交わしてるって党首.自ら、交わしておいて、今更、アンタの落ち度はないの。自身のつめの甘さはと、思わないの?

その節穴だらけを棚に上げておいて、岸田、嘘つき呼ばわり。首相にしても、良い迷惑。

あの人、なーんも、わかって文書の細々したこと、理解してるわけでもない。マイク向けられての、会見、正直に申し上げている通りのこと。真摯に前向きに、結論を出すべく、取り組んでまいります、のほう。ちゃぶ台かえし、されながらの、悔しさも感じられない、それも、淡々としていて、虚しくもなり呆れますが、まあ、まあ、正直な、人、そういう、なんだろう。イタリアG7の国際主要メンバー会合の場にいそいそと。

海外からの日本の、イメージも、存在感有った安倍政権時当時とは、様変わりは、致し方ないでしょうね。あの頃のような存在感はなし。いまは、求むべくもなし。いずれの国も、それぞれに抱えた国内事情、それにも増して、引っ張っていく、何がしかの牽引力を感じ取れるリーダーは、国際会議においても存在感は、発揮、認められて、各国のリーダー内からも、頼られもされていく。硬軟の交渉、二国間なら、ギクシャクあれど、ここ一番、皆の共通の利益を気づかせるように、周到に

描いた内心の秘めたるビジョンに合意を取り付けるリーダーもいれば、自国ファースト。わかりやすくて、良いのだけれど、そんな事わかりきった上で、皆が汗をかいている上、雑音でしかないのに、厚顔に振る舞われる大国主義も昨今顔を表していく。移住問題もそれに輪をかけるように、不満の吐口は、より、人々の分断を煽り立てていく。その負のサイクルが行き着く先は紛争。ウクライナ、その後も、ガザと。イスラエルハマス。振り返って思うこと。

物事、成就しなかったことを、強調し過ぎてしまうのも、なんか、風潮としては、メディアの貧困か.人々の冷笑主義シニシズム

寂し過ぎ。

決められない政治に逆戻りさせてはならないのに、維新のちゃぶ台がえしは、衝撃的。

いつから、維新は、是々非々の、看板を降ろしたのか。そして.そのタイミング悪く、何故、岸田首相がわざわざ、改憲のタイムスケジュールを先延ばししてしまったのか。岸田も岸田なら、馬場も馬場で、どちらも、上辺だけの改憲主義者だとしか、思えなくなってくる。本来の保守でもなく。有権者の反応と

岩盤保守層にも、ただ、媚びを売ってきただけのポピュリストだっただけのことに見えてきて、しょうがない。これは、これで困ったもの。せっかくの決める政治が決められない政治への逆戻り。

悲しいことに政治は、国際社会の流れとも、

井の中のかわずは、立法府のみに在らず、昨今は、司法行政まで。いずれも無罪判決に至ったものの、それまでの判決では、有罪冤罪事件でもあった訳で、これら、プレサンスコーポレーション不当取り調べ事件にしても、または、大川原化工冤罪事件、不当逮捕事件にしても、安易な思い込み、それも、組織的怠慢、いい諾々な、それまでの慣習とか、変化変化の世の流れとは、相違して、周囲への心配りという、よりも、関心の中心は、組織の目的化している、成果と点数、平板な出世。下手な改革への熱量よりも、コスパ対応の取り組みの方が幅をきかしていく。その極地を見たのは、水俣訴訟原告との意思疎通が図られるどころか、反感、反発だけを巻き起こしてしまうという、手際の悪さ。すべては、同じく、相通ずる、寄り添う相手を何処に見ているかといえば、あくまでも内向きの組織の論理。上辺のこころに、誓いのない、空疎なスローガンであったり、空疎な理想。

引き継がれたのは、見掛け倒しの看板だったり、内容の深い理解もない環境への配慮であったりアベノミクスへの半端な理解。

それが、あたかも、継承であるかのような

言葉遊びに堕してはいないだろうか。本気の改革、本気の憲法改革は何処にいった。維新の改革も、そんなこと、上辺だけであることを今頃、気づきだして、批判しだしているマスコミも、マスコミ。政治とカネなら、それまでも、山のようにあった地方政治での維新議員の不祥事、それを合わせ並べて、アンタがいうかと、別段、岸田首相に肩入れする訳でもないが.もうちょっと、公平な記事で論調すれば良いものを、一刀両断、政府批判のオンパレードですか。憎々しい程に、メディアの記者の習性も、なんか、上への忖度に貫かれてはいましませんかと、変に心配してしまいます。編集長が、世代からいって、反安保の頃を若く生きたという、連中?だからだろうか、書く側、もっていきかたしんどくない?そういう上司への忖度ない?読み手の方で感じてしまうことは

その後遺症なのか、トラウマ引きずっているのではと感ずることの多し。真相、知る由もないが、そう、受け止めてしまう事ばかりが目についてしまっています。馬場代表こそ、保守から言わせれば、日和見主義者。どこまでいっても風だより政党。支持率注視のカメラ意識優先、まさか、そう言われたいのか。

せめて、真面目にそれまでの憲法審査会、議論に詰まっていた震災有事での議員任期と選挙をどうするかぐらいは、ハッキリ態度表明した通り決めるのかと思っていただけに。

何が維新。何処が?