トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

改題・道を尋ねる者(クララ)

今日こそは出家して基督キリストに嫁ぐべき日だ。その朝の浅い眠りを覚ました不思議な夢も、思い入った心には神の御告げに違いなかった。クララは涙ぐましい、しめやかな心になってアグネスを見た(中略)クララは父母や妹たちより少しおくれて、朝の礼拝れいはいに聖サンルフィノ寺院に出かけて行った。在家ざいけの生活の最後の日だと思うと、さすがに名残が惜しまれて、彼女は心を凝らして化粧をした。(中略)クララは心の中で主の祈を念仏のように繰返し繰返しひたすらに眼の前を見つめながら歩いて行った。この雑鬧ざっとうな往来の中でも障碍しょうがいになるものは一つもなかった。広い秋の野を行くように彼女は歩いた。(中略)色々な宗教画がある度に自分の行きたい所は何所どこだろうと思いながら注意した。その中うちにクララの心の中には二つの世界が考えられるようになりだした。一つはアッシジの市民が、僧侶をさえこめて、上から下まで生活している世界だ。一つは市民らが信仰しているにせよ、いぬにせよ、敬意を捧げている基督キリスト及び諸聖徒の世界だ。クララは第一の世界に生い立って栄耀栄華えいようえいがを極むべき身分にあった。その世界に何故渇仰かつごうの眼を向け出したか、クララ自身も分らなかった(中略)聖像の前に最後の祈を捧げると、いそいそとして立上った。そして鏡を手に取って近々と自分の顔を写して見た。それが自分の肉との最後の別れだった。彼女の眼にはアグネスの寝顔が吸付くように可憐に映った。(中略)フランシスとその伴侶なかまとの礼拝所なるポルチウンクウラの小龕しょうがんの灯ともしびが遙か下の方に見え始める坂の突角に炬火たいまつを持った四人の教友がクララを待ち受けていた。今まで氷のように冷たく落着いていたクララの心は、瀕死者ひんししゃがこの世に最後の執着を感ずるようにきびしく烈はげしく父母や妹を思った。(中略)いい知れぬ淋しさがその若い心を襲った。

「私のために祈って下さい」

 クララは炬火を持った四人にすすり泣きながら歎願した。四人はクララを中央に置いて黙ったままうずくまった。

 平原の平和な夜の沈黙を破って、遙か下のポルチウンクウラからは、新嫁にいよめを迎うべき教友らが、心をこめて歌いつれる合唱の声が、静かにかすかにおごそかに聞こえて来た。

 

 

基督者でない自分が理解し易いように勝手に

端折って短く書き直してみた。