トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

敦煌

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大好きな井上靖の世界

 

自身の読書履歴の欠かせない記憶の一冊。井上靖の小説『敦煌』『楼蘭』。

貴重な経典や史書
後世に残したいというミッションに身を捧げる
主人公の高揚感で満ちている。


イギリスの探検家スタインがそこを観光資源にしていた道士・王道士から六千巻の経典を買い取り、さらに1908年にはフランス人のペリオが千仏洞を訪れ、五千巻の経巻を買い取り、その何年後かには日本やロシアからも探検家がやって来て、最後に北京から軍隊が残りの全部の経巻類を根こそぎ持ち去ったと言います。これまでの東洋学、支那学を大きく変える貴重な史料が含まれていたそうです。
ひとつの史実から、ここまで物語を膨らませることが出来るというのも小説の醍醐味。
主人公・超行徳。

趙行徳という主人公は、良い意味でも悪い意味でも非常に普通の人であり、何かの才能に恵まれているわけでもなければ、特別選ばれた人間ではありません。戦場では真っ先に気を失い、気が付いたら馬の背中に固定されていたおかげで生き延びてたという感じですし、常に悩みと苦しみを抱えながら、逆らうことが出来ない時代の流れの中で自分が出来る精一杯のことをという感じ。

一人の愛した女の為に命をかける男。後世に伝えるべきは何かを思い、結果的に私物ではなく万民にとって貴重なものを守った男。どんな境遇になっても決してプライドを捨てずに生きる女。色々なタイプの人間が登場し、この小説を彩っていきます。

没落王家の末裔であることだけを心の支えとした商人。異民族との共存という難しさ。ウイグル族をはじめとし多くの少数民族との間で民族問題を抱えているということも政治的主張なんか交える必要もなく、物語から紡がれていく。そういう作品。

 

 

物語は官吏の試験から西夏への西下、朱王礼との出会い、ウイグルの王族の娘との邂逅……と続き、最後は敦煌での西夏との戦いへと進んでいく。

広大なシルクロードを東へ西へと留まることなく戦場を移して果敢に戦う外人部隊の活躍と、敦煌の壊滅的打撃を目の前にしながらも、主人公が計略的に経典を敦煌石窟に隠すことを目論み終焉をむかえる。