トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

あらたな少女像がドイツに

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慰安婦合意の件にしても、

前政権の朴との完全不可逆的という文言を無視したかのように、

新たに、国際社会にむかって、日本非難を始めてしまう。現状建てられてきた像の撤去を約束していたはずなのに

サンフランシスコでは新たに少女像が建てられ、韓国政府は日本と取り交わした約束を忘れたかのように、

民間のやることまでは拘束できかねるみたいに突っぱねる。


日本が、相手の良心にあくまでも、期待をよせているという姿勢に、

甘く見たのか韓国は、ドイツの公道においても、

新たに少女像を立ててしまう。

日本が約束通り、合意事項をまもり、基金設立にお金を出そうが、

結果がこれでは、このさき、逢って、物事の取り決めの、

内実が、どのようにあったとしてもどう信頼できようというのだろう。

徴用工の問題。

現金化は

韓国最高裁判定に従う他ないだのと宣わっている。

そのような判定を導き出すように、裁判所判事の人事に介入して

それこそ、ムンジェインのいうところのそれが三権分立なのか

分立を楯にしてくるところの底が透けて見える。


しかし、朝日新聞なんかは、

その司法の独立というところに力点がおかれて、日弁連との連携も

騒がしく、盛んに安倍批判に紙面を

割いてきていた。まるで、問題を起こしたのが日本であるかのように。


国際法の順守を、

日本が求めるのは、

当然の理屈。

ムンジェインは

gisomiaとか、輸出規制がとか、

個別のことを絡ませることなく

そのようなことを引き合いにだすよりは、真正面から、

被害者に韓国政府としてきっちりとむきあって、解決を国内で付けるべき問題。

韓国政府の責任でということは日韓請求権協定が相互にそれを承認している。

国際法に照らし合せば、そうしていくことをムンジェインは決断すべき。

輸出管理のホワイト国扱いは、

それまでと違って、

安全保障上、いずれの国としても個々に行っているし、

軍事転用されるおそれにある物品の行く先は。

不明の回答をそのまま放置しがたい故の管理強化。

マスコミがこの管理と規制がごっちゃに、引用されて、

日本が盛んに、輸出規制をかけて、隣国に経済制裁加えているみたいに喧伝してしまう。

ムンジェインもそれの対抗としての

あたかも正統な行為みたいに、


日韓請求権協定を

反故にするような

解決済みの徴用工を

問題化していこうとする。

ブラフだったのか、本気なのか。

gisomiaはブラフだったようだけれど、

徴用工現金化は

もう司法手続きに入って、進行中でもある。

 

それに、朝日新聞。日韓問題、韓国側に責任があるのに、安部が去った後でさえ、原因をつくったのが、安部だと決めつける論調がつづいていく。あきれてしまう。修復が容易でないなんて。まるで、日本にボールがあるみたいに。

冷静に考えてみれば、「不都合な真実から目を背け」る韓国の政府、市民団体であり、そして朝日新聞だ。すでに日韓基本条約締結時に法的に解決済みの問題を、蒸し返すことだけでも異常なことだ。
さらに言えば、日本は「法的」責任のみならず、「道義的」責任を取るとまで主張し、アジア女性基金まで設置し、過去を償おうとした。この日本の試みを一方的に拒絶し、「和解」よりも「反日」を優先させたのが韓国ムンジェイン。

 

27日の紙面。


 「不都合な事実から目を背けた、独りよがりの『美しい国』を日韓が競い合っても、果てるところはない」そのような朝日新聞の結び。

 

 冷静に考えてみれば、「不都合な真実から目を背け」ているのは、韓国の政府、市民団体であり、そして朝日新聞

良識あるコラムニストから、朝日がやり玉にあがって、それは当然だよなの印象。

コラムの末尾は、次のように結ばれていた。

日常生活において、これほど本末転倒した議論を聞くことは滅多にないのだが、朝日新聞においては平常運転に過ぎないようだ。