トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

試される政治の強度

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政治があぶりだしている。

あぶりだされているのは政治家だけでなく、

有権者や個々の国民の有りようも、試されているのかもしれない。

国会質疑で、ドヤ顔で追及している野党議員の姿と「そうだ」という応援ヤジ。

神妙な面持ちで苦虫かみつぶしたような閣僚席で構える各大臣、首相。

やおら、追加資料を差し替えに右往左往する官僚たち。


新聞紙面では日経、産経、毎日、朝日。銘々に書かれている、コロナウィルス感染対応にまつわる記事も

微妙に、その色合いも読み込んでいくほどに、多少の違いにも気づいていく。


マスコミがおしなべて、政権批判に流れるのはメディアのチェック機能としてはその役割があるわけでもあるし、

当然の流れだろうと。

しかし、いくつかの記事を日毎に比較する中で、国内政局に絡ませて、面白おかしく膨らませたような、

低俗なとも思われる内容に出会うときは、やれやれという気分にもなるものだ。

また、それを口移しのように公言してはばからないコメンテーターの決めつけのようなバラエティー番組での発言。

訳知り顔で下されたその発言がさも真実であるかのように信じていく画面の前の庶民。

不満の恰好のはけ口を見つけたでもあるかのような罵声、それらの対象にされていく、閣僚、大臣。

もとより、任命権者の首相にその責任がいく。

そして、首相本人自身も、それまでにも幾度か、その対象にもなってきた。

議会政治で、えらばれた、それでも首相なわけで、

有権者、国民が直接選んだわけでもないからとうそぶく人も、なかにはいるんだろうけれど、

これまでの振り返った、選挙結果の洗礼の変遷からみても、結果、野党に渡すわけにはいかんという有権者の大方の判断であったことは

もとより受け止めざるをえないところ。それを、投票率がどうだこうだという愚かしいところに拘泥してしまっては

堂々巡りなわけで、まあ、そこは天に唾をはくようなもの。


もっと、広く、国際社会、国際政治のパワーポリテクスの視点から、眺めていく必要があるんじゃないのかと。痛感している。

アベノミクスはもう終わっているとか。

否定する側からは

未だに、それを追いかけているような言辞を匂わせるような君は、よっぽど、格差に痛痒も感じていない、いい気なもんだという眼でも見られたりしたことも。

恩恵を、受けているのは財界、大企業優遇、一部の経営陣。働く側は、その滴りを待つ間に沈んじゃうんだぜ。と。

まあ、そう講釈されることへの反論も、できないわけでもないんだけれど。

そういう議論って、

相手も、言い負かしたくて鼻から、言っているわけでもないことはわかっているんだけれど、

受け止める側の自分としては、庶民の、なんら、大企業の社員でもない自分が、少々、首相を応援してしまうのはおかしいとはわかっていても、安倍を援護しているようなことを言ってしまっている。

お笑いかもしれないんだけれど、最下層な層かもしれない自分が、麻生のキャラも好きだし、安倍首相の、キャラも好ましく受け取っているのだ。

笑止千万だなあ。

ぐらいは思われたかもしれない。経済だけでなく

過去の読書遍歴に照らして、疫病への対策にしても。決して過度とはいえないと、受けとめている自分がいる。