クーデーター実行の1週間前に海軍のほうで実行者も、計画内容も掴んでいたというのは、驚きでしたよね。
多くは今まで、陸軍資料から明らかに見てきたと思っていた事件、その全貌が。
反乱部隊中の一発の銃声。
それは自決に等しい自身の喉元にむけたもの。駆け寄る憔悴した残された隊員達と、その後の降伏。
その後のポツダム宣言受諾に比して深く
重く思い返さざるをえない一大事だった2・26事件。
反乱部隊のほうでは、しかるべく、隠密裏に
摂っていたという裏の追認というものも、
事件後、ハシゴをはずされていく。
追い込まれていく緊迫事態。
皇室への直接アプローチを
試みていた人脈も、
肝心のときには現れてもくれず、
最後は
覚悟の・・・
悲しすぎますが。のど元にピストルを
幕切れを描いた首謀者なりの引き金。
83年もこのことがうもれていたなんて。
あとは、皆の知るところの
逆賊とのお言葉
天皇の決断があって、内乱はさけられたにひとしい
はむかおうとするものにはっきりと対峙した天皇。
決起隊に海軍からの参加の心配の無いことを
押さえていた天皇。
天皇としての
実質的権威の確立。
その後その権威が軍部勢力に利用されていく
分岐点でも
あることが振り返られていく内容でした。