トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

小栗忠順グローバルヒストリー


新・幕末史

NHK

小栗忠順武田真治さん、イギリスの駐日特命全権大使のハリー・パークスをモーリー・ロバートソンさんが演じている。

危機を感じて立ち上がった人物として、幕臣小栗忠順おぐりただまさ)に焦点が当てられていましたね。再現ドラマを随所に入れ込むことで、小栗が幕府の老中や将軍に働きかけながら、なんとかして日本を守ろうとした努力の様子を鮮やかによみがえらせている。


幕末を、志士たちが活躍した群像劇として大概見てきた方が多いだろうと想像する中で、列強と交渉の席についていた幕府官僚側からの視点で歴史を振り返らせてくれるっていうのも面白いなと。番組ナビゲーターは西島秀俊さんでしたね。

小栗上野介のことについては、bsの違う番組で過去にも印象に残している。
そのときの番組のナビゲーターは片岡愛之助が努めていた。

過去のその時のリンク先はコレ再視聴おススメです。
                 ↓

www.dailymotion.com

 

幕末史から消された男

 




花よおしやげゆん


三代にわたる・陛下の姿

 

折に触れ、上皇が発せられる考え抜かれたお言葉の背景には、第二次世界大戦で命を失った人びとへの慰霊の思いと、そうした過ちを二度と繰り返してはならないという強い決意が常に存在していたのでしょう。
パラオ共和国への慰霊の旅もそうですし、フィリピン・マニラでも。


なかでも、その原点となったのが“沖縄”だったのではないでしょうか。

あのひめゆりの塔での火炎ビンにみまわれた事件。皇太子時代。

昭和天皇の名代で、沖縄海洋博の開会式出席のため、美智子妃とともに初めて沖縄を訪問(1975年)

自分はニュース報道で知るところでは、そういうことがあったということだけで、詳細までは。

明仁皇太子も『石ぐらい投げられてもいい。そうしたことに恐れず、県民のなかに入っていきたい』と沖縄訪問前に語っておられ、不測の事態が起こることも覚悟されていたのでしょう。しかし、投げられたのは石どころか火炎ビン。
このような事が起ころうなどとは。

皇太子殿下はテロに騒然とする中で、事件の発生に動揺する警備担当者たちを処分しないように周囲の者にご依頼されていたということなどは後に聞くところ。

数メートル前方の献花台の手前の柵に当たって炎上した炎は、明仁皇太子と美智子妃の足元まで流れ、現場は大混乱に。

一種の極限状態の中で中断されることなく、明仁皇太子は、沖縄の人たちが、日本人、アメリカ人、軍人、一般人の一切の区別なく、身元不明の戦没者を弔った『魂魄の塔』の前に立たれます。


そのときの厳粛な思いを詠まれた歌が検索上から。

(1975年/沖縄訪問から帰京されてすぐに詠まれておられるという)

 

「花よおしやげゆん(花を捧げます)
人 知らぬ魂(人知れず亡くなった多くの人の魂に)
戦ないらぬ世よ(戦争のない世を)
肝に願て(心から願って)」


二度と戦争という過ちを起こしてはならないという強い気持ちと平和国家建設への強い思い、



そして、象徴天皇という“天皇のかたち”をさらに新たに探し求めるという

その後の陛下としての原点となっていったのではないのかと。


_勝手ながら解釈してみています。


そして、今は徳仁(なるひと)天皇

その原点が引き継がれての御振舞のように

今また、沖縄に寄り添われている訪問旅のニュースに接して。

過去に抱いた感想を思い起こしています。

(検索)国立沖縄戦没者墓苑で供花後に一礼される天皇、皇后両陛下=22日午後、沖縄県糸満市平和祈念公園



それから、

防衛三文書の国会での議論。国会でも議論がつづいています。

自分は議決の必要性を感じている方ですが、今の政権の説明力のなさに一抹の不安も。

経済再生大臣の辞任。任命責任はあるでしょう。

森鴎外のことが書かれている新聞切り抜き。陸軍医だった鴎外も国際社会での位置づけを国力も含めて意識されていたことが。

今の日本に照らし合わせてみても、再度の日本国家の

普請が進みゆこうかという感じの受け止め方がわかろうというもの。

同じく似たようなこころづもりでいます。

 

人の世・信頼・国

夏目漱石の言葉と

哲人オルテガ

が残した生命哲学を味わっている


混迷政局の土壌ー80年前の予見
大衆の落とし穴―衆愚。20世紀の哲学者オルテガがすでに見つめていた大衆社会のゆくえ

智に働けば角(かど)が立つ。
情に棹(さお)させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高(こう)じると、安い所へ引き越したくなる。
どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画(え)が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。
やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。
ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。


戦前に思想弾圧で東大を追われた経験のある矢内原は、日蓮の生涯に感化されるものがあったのでしょう。
学生時代より内村鑑三に私淑し、無教会主義キリスト教の指導者として聖書研究会、雑誌『嘉信』などを通じて平和を説き続けた矢内原 忠雄(やないはら ただお)。


宗旨は違えども彼は「日蓮という人物が日本にいたことは、私共の慰めであります」と結ばれています。

「長いものには巻かれろ」という思想的奴隷ではなく、真理を愛し畏む思想。

釈尊を忘れて阿弥陀仏を拝む浄土教を始めとする既成仏教を排撃し、正教の法華経に戻せと主張した日蓮

外国の侵入と国内の内乱。周囲は皆、死後の成仏を願う阿弥陀仏を拝む浄土教を始めとする既成仏教。

現実逃避とそれらの処し方を忌み嫌う日蓮釈尊の説かれている通りの、正教の法華経に戻せと主張する。

日蓮は経文にある法華経のみを、正法であると真理を語った。二度にわたる蒙古の来寇をも予言。

様々な弾圧に逢おうとも命乞いすることもなく事実その通りのことが起きる流れから、時の執権北条からの流罪、死罪を免るも
最後まで抵抗の生涯をやめなかった日蓮。そこに親密さを覚えてか、結びの「私共の慰めであります」と来たのでしょう。

第2次世界大戦後の 1945年 11月大内兵衛らとともに矢内原は母校に復職しますが、戦前に思想弾圧で東大を追われた矢内原は

この不遇な時期に日蓮の生涯を考察することで、共感もし、勇気をもらったのだろうと推測します。自己の使命を疑い、難を受けては確信するという、繰り返し。

我、日本の柱、眼目、大船となろうと いう志。「立身出世や自分の幸福のことばかり考えずに、助けを求めている人々のところに行くべき」

これが、無教会主義クリスチャン矢内原が日蓮の教えから得た核心部分。

矢内原忠雄『余の尊敬する人物』(岩波新書)には、ユダヤ人の預言者・エレミア、日蓮、リンコーン、新渡戸稲造、と4人のことを例に紹介されています。

英国のトラス首相の辞任の昨今のニュース。

日英の政治的国内地盤も共に揺らいできています。

日本のほうは元首相とはいえ、銃弾を受けて失った衝撃から、まだまだ、冷めやらずの感があって、自身の心の中では、その死をもって、日本は終わったという感を日を追うごとに

強くしています。まず、そう思われる方は確かに少ないでしょうから、

何をトンチンカンなと、多分このブログに懐疑的なる眼を向ける方もおられるでしょう。

ですが、偽らざるところ、その感慨は正直、そう申し述べるしかありません。

20日参議院予算質疑での野党維新のどうでもいいような質問、その他猪瀬議員のマスク云々。さらには同じ維新の鈴木宗男議員のこの期に及んで
まだ、統一教会との政策協定議論に、とやかく騒ぐ必要がないだのと、そんな甘い認識でいられることの不思議を見せつけられるのに及んでは、あいた口、

ふさぎようのない、閉塞感。

日本周辺の、ロシアのウクライナへの侵攻もそうだけれど、北方領土の件といい、

中国、習近平尖閣諸島、日本近海領海侵犯、日本EEZ内ミサイル着弾、台湾威嚇、統一に武力も辞さない発言などと

緊張が続いていく様相。たしかに、それらは異論はないと、同感する側にしても、安倍元首相に、それらに対処するそれほどの求心力はもはやなかったのでは。

そういう声のほうの多い事も、受け取ったうえで、尚且つ言えてくることもある。

君のいう安倍への信望が解せないのだがという受け止めも。わかったうえで、言えてくるのは、芯の見えてこない政治風土。国賊発言
撤回も、いやいやなら、「それで、よし」と簡単に引き取る党も党。

もっとも、安倍さんが生きておられたら、いまの様な議員各位の姿を視たらと

残念がるでしょうね。

何ですか、個々の悪びれない釈明会見。やったうえで、にたりと、「人生、おもってもいない落とし穴が」発言。

自分のまいたタネであるにもかかわらず、罠にでもかかったような、責任転化。
恥ずかしくもないんですね。釈然としないことこの上なく、かえって、

党風の実態というか。プライドのなさ。

国賊発言、やったと認められた、その上で、公認をもらおうとする、「それほど、残りたいですか。」

咎められるほうだけをこれは攻めているんじゃなくって、咎めるほうの役責者も含めて

全般的に、自民党の虫食い状態。


「上のほうでのプライドのなさも

ようやく、ここまでの酷さか」と

もっと、自由闊達、派閥争いまでをまねて欲しいわけではないにしても。

地元の県でも、似たような、

プライドのない自民県連の姿も見せつけられてもいる。

まあ、自民党というより、「自分」党

そう解釈してみれば、奇妙でも何でもないんだということがハッキリしてきます。

当確してくる議員、次の再選

選挙時に「党にはなんにもお世話になっていない」よく言う意味も

何とはなしに、聴きづらくもなるというもの。

県の経済振興
Iアールに替わる打開策の提案って、思念にもなく、

経済浮揚策を考えるよりか

あるのは、10増10減からの迂回策をなんとか

ということが最大事ってか。(笑うわ)

議員の地位確保が最大関心事

党も党で、党人材の育成、益々、手薄。

成長好循環路線は過去の過去。

今は縮小均衡悪循環路線。

定数縮小枠巡っての
均衡ならまだしも、上も下も中も、足の引っ張り合い。

議員の関心事は、議席のこと、


全員寄ってたかって一旦は決めたことを、

定数問題は喫緊の課題であるべき。元の木阿弥にしてはいけない。

一票の格差
言わせておくに忍びないなら

改憲の議題の一つ

合区議論に

集中するのならまだしも、
それを、置いておいたままで、
テーブルにつきもしないで、

合意形成の粘りもなく。

あるのは、虫食いのシロアリ状態にたかる

憲法判断は
この前の選挙でも、
違憲判決でましたよ。

と。わかっちゃいるけど
止められない

まさか、まさか。

レッドカード出す方も

出される方も、

双方の利害は一致してんじゃないかともおもえるような

演じてるような按配。ですって。

抵抗勢力の側でいる安易さにも飽きがこようという気配があればまだしも

益々

居心地がいいのか。与野党、安倍ロスに

替わるオモシが居ない寂しさ

欲しがるようでは

安倍以前に安倍なし、安倍以後には

日本も終わった感が

あるのみ

そういう感

強くしています。