トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

制度の長短いわれても、響かない

 

 

政治とカネなんて。小沢の自民党批判。あんたがいうか。言われたくもない相手。請託が疑われた事件と一緒にはしてほしくはないぜと思っている議員もいることでしょう。怨念の政治を乗り越えるためには、与野党に散らばってしまった議員のそれぞれ。短い新進党時代の3年間だったにしろ、輝いていたそのときの経験と築いた人脈を活用して、もっと国対でも智慧をだすべき、あの人この人。なんていう希少な声もすくなからず。大局的な野党大連立とかの話聞かされても、誰も信じてはいない。過去の新進党員といっても、今国会で活躍しているメンバーは「小沢被害者の会」として心でつながっていますからという人があったとしても、まさか、共闘して、その旗頭にあの小沢を担ぎ出したいと思っている人はいないでしょう。
剛腕、小沢の唐突な解党宣言で裏切られた思いを抱いた当時の重鎮議員の多くは、多分、そのことを忘れてはいないでしょうに。そんな小沢に対してしっぽ振るわけがありません。最近まで、振り続けていたのは、立憲の小川、共産の志位と、国民民主の玉木ぐらいだったでしょうか。野党党首からの非現実的な共産党含めた連立構想。
小手先の国会プラカード戦術のようなTV画面意識したパフォーマンス繰り広げているぐらいなら、もっと、厳しい大敗北を経験してしまったほうがいいくらいかもしれません。このような自民党のスキャンダルをチャンスを活かし切れなかった野党としても、政治史に残ることでしょう。
内憂外患の日本。核の不安は払しょくされないまま、聞こえてくるのは、ガザ、イスラエル、メタニアフ首相強硬路線。ロシア・プーチンウクライナ侵攻継続。カギは中露蜜月の動向に注目とかの報道。
国内では企業の不祥事、ビッグモーターほか、損保ジャパンの件に続いて、それが、済んだかと思ったら世間を憤慨させてきているのが自民党中心とする政治とお金の問題。いわゆるパーティ券、キックバック、政治資金収支不記載問題。制度設計の小選挙区制にしても、標榜して旗振りした側からの悔悟さえ漏れてくる始末。ですから、選挙にお金がかからないという枠組みと選挙の区割りはどこまで、関係性があったのか。
加えて、自然災害。近くは、能登半島地震災害。震災復興に対する人手不足嘆くけれど、民主党政権時代に、どれだけ、コンクリートから人へとかいって、建設業界にダメージを与えてきたことか。いまさら、投げかけられたってあとの祭り。簡単に箱もの行政と、公共工事批判悔い改めたって。業種転換、帰ってくる割合も限られている。
保守基盤を引き継ぐ岸田首相の不人気ぶりは、相変わらずというところなのか。安倍派、五人衆と目されてきた中核議員の去就。
なんら、説明責任を果たそうとする姿勢もみえず、大将、失くしたら、タコの糸が切れたようなさまよいだす状態。離合集散。その後の
野党のほうはどうか。国民民主からの立憲民主への批判。
立憲民主から、国民民主への批判。小沢一郎の立憲党首泉代表降ろし画策。仲裁役をしたいのか、本当はどうなのか。マッチポンプ、やはり壊し屋だけのことはある。その他怪しい無所属グループ。自身も止まり木政党を選んでいるのか疑いたくなるような、元民進党、過去民主党の議員。とはいえ、与党の気の弛みは遺憾ともしがたく、
まあ、現状、おバカ野党がいることで、多少の支持率は維持されているのだが、
二大政党制の模索。遡って、もし、あのとき、新進党が解党されていなかったらなんて、それこそ、あとの祭り、現実的な選択支として、保守層にも充分応えうる自民党以外の選択支としてありえただろうけど。いまの野党がいくら、束になろうが烏合の衆でしかない。基地問題、含め政権発足してからの、合意形成なんて、夢のまた、夢。物事の判断、のんびり、議論に費やしているほど
国際社会の変動激しすぎて、待ってなんかいられないことでしょう。
まあ、選挙制度の長短を言いだされても、有権者の心に響いてきません。中選挙区から、小選挙区制になろうが、制度かわれど、選挙と選挙にかかわるお金にどう作用したのかが見えてきません。小沢を過去の人といまだ思わない人もいて、指南役にありがたがるという傾向も一方にあって野党間も複雑。住んできた世界、見つめてきた政界への視点が違うようですね。ここでは政界を引退された漆原さんを惜しみます。
大島さんを「悪代官」、新潟出身の漆原さんを「越後屋」と呼び合う関係で、2人の親密さを象徴していました。
だからといって、過去が懐かしくただ良いと、言ってるわけでもありません。与党を質そうという議論も少ないように見受けられるのが残念なだけ。政治とお金で、憤懣やるかたなしって、思っているひとがいたとしても、国際社会の中での日本のプレゼンスが下がろうとしていたとしても、あんまり気をつけていません。
瀋陽にある日本大使館に逃げ込んだ北朝鮮からの脱北者、追ってきた中国側の警備兵に取り押さえられ、域外へと引っ張りだされて、中国当局の判断で国外追放へ。北に送り返されれば、処刑されるのがおち。そういう場面に遭遇して、日本人としての気持ちも様々。自分は暗澹たる気持ち。脱北者にとっては、一縷の望みをかける相手国選びを間違えてしまったのか、残念なこと。大使館内に逃げおおせていればそこはもう、日本だったのに。
外交でTPP、アメリカ言い出しっぺのはずだった、オバマの後、トランプ反故にして、行く末、不安視されていた、国際社会のルール作り、安倍首相がとりまとめに汗かいていた姿見て、なかなかやるやないのぐらいに見たとしても、残念ながらそれ以上でもない。
岸田政権においては、eez領海内、工作物ブイをめぐっての日中間の綱引き。瀋陽の件同様に主権侵害にもあたるこれらの越権行為、大ごとにしたくないのか、するべき事柄なのにもかかわらず、そのような抗するアクションも乏しいのが今の岸田政権。
瀋陽のときにしてやられたように、主権侵害されて、黙認しているように見受けられてしまえば、既成事実化、相手の術中に、はまりに行くようなもの。日本の声は小さすぎて届いていない。国内の大きな声は、充分聴いても、発する立場は常に小市民的願望多数。国の礎になった過去の不幸にも、暗くて、浅い歴史観でしか、物事、見ていかなくなってしまっている。