トトヤンの家庭菜園

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政党観・世代で「断層」

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「政党観」世代断層

若い世代にもみられる既存政党認識。


世代によって、保守とリベラルの認識に違いが出ているという
紙面の内容は
これは、常々、自身も感じていた点でもあり、活字をおってみて、
より認識させられたというところはあるのだ。

既存政党全体を保守と分類する、若い世代の感覚もわかるような気がするのだ。
リベラルって、紙面で言葉の定義にまでは踏み込んではいなかったけれど、

改革と保守という単純図式でとらまえないほうがいいようだ。

共産、公明といったところが保守で、維新がリベラルだとのとらまえ方。

これは面白かった。

しかし、70歳代の大方の認識では自民公明、維新を保守ととらえている。

自分と同じ世代の政党観認識はというと、示された調査結果は予想されたとおりで、一回り上の70歳代の認識とのブレは少ない。

自分の政党観はこれらの示された調査結果とは合致するものではなかったけれど、調査自体はうなずけるって感じ。

新しい政党ということでは既存政党に魅力を失ってしまった層の反動として、維新に着目がいくという意味では

若者の維新選択は今でいうところの小池百合子旋風と相通ずるところがある。

都知事になった小池さんのミニモデルは
あの橋下徹であったし、それ以前に、自民党をぶっこわしてでもと登場してきた小泉さんにその源流らしきものが見受けられようと
する分析もあるくらいだ。

だから、当事者間では肯定はしないにしろ、旧政党に活を入れてくれるという意味でリベラル勢力というなら
そこに維新もという位置づけでなら、そのような選択をする図式は理解できるのだ。

でも、これからの政党観っていうのも従来の延長どころか、今の調査結果さえ

変動していくような気もしている。細野豪志民進党離党さわぎ。

今頃という感想なんだけれど。自民公明、維新はわかるけれど、民進の位置づけは?どうなんだろうと。全く注目もしていないのに。

政界再編の大きな動きのように、マスコミは取り上げたりしてるんだけれど、もし、
この離党理由を明確に語って、掲げる理想に近しいところに動くというのであればそれもありだろうなあと。

過去の自身の例でいえば、投票行動で、新進党が懐かしく思い返すことがあるくらいか。あのときは、政権交代の受け皿として自民の一部を取り込んだ公明、含む野党結集。

あれから、何年たつことだろう。

憲法改正論議戦後レジームからの脱却、
昨今こういっつた一連のテーマなんかが俎上にのぼって来ていることを考えれば論議すること自体に後ろ向きという政党があるなら、その
ことも含めて、新しい世代の中から、護憲ばかりを只々叫んでいるような政党は見向きもされないというふうなこともあるかもしれないなあと。

先に長島昭久議員なんかもそうだけれど、共産党共闘するような党になりさがった民主党(民進)なんかにはいるつもりはないと言っていたっけ。そういうことで話題にのぼることがおおいのが民進。

これは若い世代だけの感覚っていうものでもなく、そういう層は世代を超えて、いるわけだから。

リベラル勢力っていうのもこういうのも含めて、今後は語られてくることも自身の場合は期待している部分もあるのだ。
日米安保自衛隊、片や、廃棄、違憲だなんて言っていて、国の根本政策、外交安全保障、の政策不一致で、政権奪還をともに目指してますって、
それ、有権者、舐めてんのって、言う人だっているかもしれないでしょう。言うのが普通だとも思えるのですが、これら、一つ一つのテーマが、ひるがえって
政党をふるいにかけ、その後の政界再編をうながしていくのかもしれないなあと。

しかし、人間、主義、主張だけでうごくとは限らないところがあるからややこしい。
すでに都議選でそういうことはあらかた見てしまっている、都民ファーストに流れ込んで当選した議員の14名は元民進党所属だった議員で、自身の看板、民進のままでなら負ける、
勝てないという判断からだろうか、さっさと民進の看板棄て去って、小池新党に鞍替えした議員。お笑いだなあと。

国会追及の急せんぼうの最中に、そういうのを見てしまっている。これなんかは主義主張に準じるというよりは、まさしく、姑息というか、寄らば大樹、風任せ。選ぶほうの有権者は正確にどこまでそこらへんのことをみて投票しているのだろうか。支持するほうもされるほうも

大衆迎合ポピュリズムもいいところ。

民主主義は誰しも否定しないけれど、戦後すべてが、授かったものだと、短絡的に思い込んでいる議員もいるからややこしい。

守るべきものと改革さるべきものの棲み分けの大事さ。
その意味では自身の気持ちとしては、案外、聞くところ、聴いていると保守なん?って問われたりするほうが多くて、まあ、そう思われて嫌な感じはしないが
それでもストンとこころに落ち着くところもあったりしているばかりでもない複雑な心境で、紙面を概観、読み終える。

 

 

憲法論議がもし始まるなら、各党がそれぞれに明確に主張、考えを表明することが肝心なところだろう。

どこかの党は、まず与党案が示されるべきが最初だとか言っていたっけ。

なんでも、出されたものに、いちゃもんをつけねらっている側の常套句でもあるように。

でも、こんな大事なこと、それぞれの政党が持ち寄ることが大事であって、与党、野党という色分けが先にあるわけでもなし。

例えば、

日米安保反対とか、自衛隊違憲などと主張する政党のほうからは、

それに替わる安全保障策とか、自衛隊、日米同盟がいやなら、それにとって代わる案なりを示されたという話も聞いたためしもなし。

不磨の大典でもなし。

改正論議、おおいに結構。

それぞれの必要、不必要の話というものを聞きたいものだ。

与党をささえる公明のほうからは、改正議論には現政権のやらなければならないという緊急課題でもないとの発言も。

 

遠山清彦議員だったろうか。

イタリアの例にならなければという危惧を番組日曜討論で。

つまり、憲法の問題は成熟な議論が。ということで、自国に置き換えてみれば、これが、冷静な中に進んでいけばいいのだろうけれど、

純化された、ちかくは、安倍信任、不信任という図式に、国民投票

なってしまうことがないようにという心配を。

 

それは、そのとおりかなあと。

一部メディアの歪な安倍像の拡散も見受けられる中。

まあ、国民、有権者の広くはそこまでの意識ないのかも。