トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。

紀州徳川ゆかりの地迎賓館を歩く


 退職後の職場縁とは離れた地域縁のサークル仲間のにぎやかさも少しずつ身近に感じる年代になってきました。
「この歳でも働かなけりゃならない事情があるんですよ。」自嘲めいた御老人の発言を耳にすることも。
でも、ひとが言う(鼻につくという人)からは、想像するに自慢話をきかされるのがおちだと思えるのですが、「事情があるんですよ。」と自嘲めいた御老人からならば

もっと聞いてみたい何かが詰まっているようでいて、いくつもの甲羅を背負って生きてきたように見える、ご老人のほうが余計、謎めいて魅力めいて瞼に浮かんでくることもあります。

職場の縁。住んでいる地域の縁。親戚縁。血縁。
飲み友達。それ以外なにがあるだろうか。

カルチァスクール縁。スポーツジム縁。太極拳の縁。清掃ボランティアでの縁。おやじバンドの真似事の縁。等々、その他にも、空き家問題解消にデスカッションの縁。
ミュージカルや映画を鑑賞する仲間の縁、とかさらに想像をめぐらしてみれば、ありそうなところとして、
人形劇、手話のボランティアの縁。通訳ガイド仲間。バス旅行ツアー仲間。ある音楽バンドの追いかけ仲間。
防災士や語学習得仲間。ひとり農園、あぐり塾の真似事仲間、等々。
趣味サークル縁。
なんらかの、袖振り合うも他生の縁、これが有縁社会ということになるだろうか。縁を大事にする過ごし方。
無縁社会の対局にあたる言葉として有縁社会というとらまえかたが浮かんでくる。

地方の良さもありますが、都会の良さも感じています。

地方の場合は他人への干渉がネチネチっとしていただけない面は確かにあるかもしれないと。
その点、「都会の匿名性」というのも居心地はよいだろうなと。

あっしには関わりなく、というところは確かに見受けられますが、極端な無縁社会さえ避ければ、過ごし易いものです。


都会のいいところ、今は、その空気を感じながら、訪ねたかった、紀州徳川ゆかりの地を散策していきます。


無縁社会という言葉に対する言葉をさらに、考えていく。縁を感じながらの生き方。
歴史、読書サークル縁。はたまた、こころざしを同じくする縁。

 

 


晴天に恵まれた公共のビル街をすぎてゆきます。

四ツ谷駅下車。赤坂離宮、迎賓館。

持ち物検査を受けて、入館します。

 

館内、ラッキーにも一般公開期間に当たるということで普段は入れない本庁舎への、見学も許されていました。

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